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今朝、自己紹介がわりにと披露した妙に上手いセミの鳴き真似を聞いた時から、絶対にこの女とは関わりたくないなとぼんやり考えていた。理由は言わずもがな、面倒くさそうな性格をしていると思ったからだ。
だから通学鞄がわりだという大きなキャリーバッグを引きずりながら、彼女が隣の席に来た時はこの世の終わりを察した。絶対に目が合ってしまわないよう、目線を落とし机の木目に刻まれた年輪を数えて精神を統一をしていた僕に
「お隣のきみ、名前は? わたしは夏野、夏野ひかり。あ、転校してきたばっかりで教科書一冊も持ってないから、今日の授業中見せてもらってもいいかな?」
なんて全く気を遣わずに話しかけてきたのを恨んでいることは、後世まで忘れてやらないつもりだ。グッバイ、僕の平穏な学校生活。カタン、と静かな音がして彼女が椅子に腰かけたことを知る。返事をしなくても、僕にまだ興味の矛先が向いているのか。
うるさく話しかけてくる夏野対僕の戦いは長い間続いたけれど。彼女が先生に当てられて、教科書を見せざるをえなくなって決着がついた。だから、夏野は苦手だ。
「ねえ、聞いて……ますか?」
なのに、今度は少しだけおずおずと聞けば許されると思ったのか、下手に出てきた夏野。教科書くらいいくらでも見せるから、放っておいてよ。しつこくて、面倒くさいんだけど。と口に出すのさえダルくて、下に俯けていたせいで前髪に隠された瞼を下ろした。
まだ夢だと思いたかった、目が覚めるのを待ち望むタイプの悪夢だと。目が覚めたら、夏野は隣にいない。いや、そもそも転校生なんて来てないことになっていればいいのに。たしかに今朝登校してきた時から隣にひとつ机と椅子が増えていたのは知っていたけれど。それでも願わずにいられなかった。
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