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「飛ばないの?」
背後からふとそんな声が聞こえた。
「え?」
振り返るとそこには、たった今この屋上に出てきたであろう、名前も知らない女子生徒が立っていた。
息を切らしている様子はないから、多分、こんな場所に立っている僕を見つけて慌てて駆けつけて来たというわけではないのだろう。
「止めてくれないの——って、今、思った?」
女子生徒は挑発するように笑った。
学校指定の黒いブレザーに、肩に届くくらいのやや短めの黒髪。一見普通の、この高校にならどこにでもいる、ごくありふれた生徒だ。
なのに、夕日に照らされた彼女は、どこか浮世離れした雰囲気をまとっている。
「別に……そんなんじゃないよ」
止められたところで、決心は揺るがない。驚いたのは、これから僕がやろうとしていることを、まさか後押しされるとは思わなかったからだ。
「だろうね。解ってる。自殺を止められる魔法の言葉なんて……この世にはないから」
フェンスの向こうの少女は、風になびく髪を鬱陶しそうに耳に掛けた。その耳にはワイヤレスのイヤホンがはめられていた。
「飛ばないの?」
彼女はもう一度そう尋ねた。
それを見て、僕はまさかと思い至る。
——試してる?
飛べるはずがないと、そんな勇気はないと、そう思われているのだろうか。
そうでもなければ、普通、目の前で自殺をしようとしている人にそんな言葉は掛けない。
けれどもその考えは、彼女の次の言葉で違うと解った。
「その衝動は、キミだけのもの」
そう言ってまた口元に笑みを浮かべた。
「そうだね」
微笑で返したつもりだけれど、上手く作れていただろうか。
「あり——……」
ごうと風が吹いた。
ありがとう——この言葉は多分、この人には聞こえていない。それでも構わなかった。
——どうせ死ぬんだし。
次の瞬間、僕は体を重力に預けた。
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