1.イイヒト

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 ここは廊下側の前から二番目。前を向いていれば教室のほとんどは見えない。つまり死角から不快な視線の集中砲火を受けることになる。  授業が始まるまでの間、彼らの見せ物になってやるつもりはない。  ——屋上にでも行くか。  まだ入学したばかりで校舎の全てを把握したわけではないけれど、この時間に屋上へ行こうとする生徒はそう多くはないだろうと考えてのことだった。たとえいたとしても、僕の顔までを知っている人なんて僅かなものだろう。今だって、教室に入ってきた人間が、この二日間で会っていない人間だったからこそ、彼らは自殺少年(ぼく)と認識できたのだ。  音楽でも聞いていれば、時間はすぐに過ぎる。  僕はイヤホンを取り出そうと、掛けたばかりのスクールバッグを探った。  すると視界の端で、僕の席の方に寄って来る足が見えた。この姿勢からではスカートを履いていることくらいしか判らない。  もちろん、僕に用があるなどとは思っていない。多分、ここの一つ前の席の女子と会話をしにきたのだろう。  案の定、その生徒の足は僕の席の前で止まった。  構わずイヤホン探しを続行する。 「ねえ、委員会のことだけどさ」  女子生徒が会話を始めた。  他の生徒が集まるとマズい。  イヤホンはどこに入れたのだったか。探る手を急がせた。さっさとこの場から離脱したい。  ——あ。  ようやくワイヤレスイヤホンの白いケースを捉え、急いで手を引き抜いた。  その直後——。 「ねえってば!」  バンッ——と、机を叩く音。  音源からして、それは明らかに僕の机だった。  ——何なんだ。  訝しみながら顔を上げると、髪の長い女子生徒が身を乗り出して見下ろしていた。 「何」  わざと不機嫌そうにして尋ねた。 「何じゃないよ。私、さっきからキミに話してるんだけど?」 「ああ……そう。で、何?」  イヤホンを手に、いかにも今すぐにここを離れますという姿勢を取った。  すると彼女はわざとらしく深い溜め息をつくと、悩ましいと言いたげに額に手を添えた。その挙動はあまりにも演技じみていて、気味が悪い。 「だから、委員会。昨日委員決めをしたんだけど、みんな消極的でね。キミ、休んでたでしょ? 残った委員会が図書委員なんだけど、入る気はある?」  それを尋きたかったのと、女子生徒は落ち着いた声色で加えた。
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