14人が本棚に入れています
本棚に追加
/251ページ
気が付けば、教室の雰囲気は元の賑やかさを取り戻していた。誰も彼も、まるで僕の存在を忘れてしまったかのように振舞っている。
——なんだ。
屋上へ行く必要はなかったようだ。
人の噂も何とやら。他人への興味なんてこんなものなのかもしれない。
再び席に着き、残りの時間はスマホにダウンロードしてある音楽を聴くことにした。耳に入るイヤホンがひんやりと冷たい。
机に伏せて、外界との繋がりをシャットアウトする。
聞こえるのは、特に好きというわけでもない最近の流行りの楽曲。興味があるでもないから、歌詞どころか歌手も曲名すらも憶えていない。
腕の隙間から漏れる僅かな光に照らされた机の板を、ただぼうと眺めていた。机の匂いは、それほど不快ではなかった。
そうしてしばらく経った頃、音楽の向こうで予鈴の音が聞こえた気がした。
顔を上げてイヤホンを外すと、予鈴の残響が消えていくところだった。
直後、がらりと教室のドアが開いた。入ってきたのは、眼鏡をかけた若い女教師。レンズの奥の垂れ目は、整った顔と相性が良く、彼女の人格が温厚であると周知させている。
彼女の右手のカゴには、どうやら書類やファイルが入っているらしかった。
——何先生だったっけ。
このクラスの担任の教師——ということは判る。名前を思い出せず、僕は僅かに首を傾げた。
それからすぐに、ああと思い至った。
小川先生だ。初登校の時に、確かそう名乗っていた気がする。
その時の僕は、もうすぐ死ぬんだだとか、どこで死んでみようかだとかを考えていて、今までに経験したことのないほどの期待感と緊張感で一杯で、自己紹介などまともに聞いていなかったのだ。
教師の入室に気付いた生徒がそそくさと席に着く。それが伝播するように残りの生徒もそれぞれ自らの席に戻った。
小川先生は教卓の前に立ち、細めた目で僕の席——正確には僕本人——を一瞥してから、誤魔化すように教室全体を見渡した。
最初のコメントを投稿しよう!