傾いていた者たち

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傾いていた者たち

 「死ぬってどんな感じなのかな」  知的好奇心も行くところまで行くとこうなるのか、と思いつつ浅香真癒(あさかまゆ)は大学のラウンジのテーブルを挟んだ向かいに座る丸本圭吾(まるもとけいご)に無関心な目を向ける。次に来る言葉は決まっている。この会話は何度目か、もう数え切れぬ程しているように思う。  「あー、死にたい」  「死ねばいいじゃん」  間髪入れずに冷たく返す真癒の言葉に、圭吾は満足げににんまりと笑う。どちらかというと悲観ではなく好奇心で言う言葉に対して真剣に引き留められるのは自分の好奇心を否定されるようで嫌なのか、この丸本圭吾という男は"死にたい"に対して"死ね"と言われるのが好きなようだ。  変な奴、と真癒がじと目を向けても彼はへらへらしている。そういえば知ってる?なんて毒がどうとかこうとか話しながら瞳を輝かせる姿はどうにも幼い子どもにも見えなくない。そう言うには些か大き過ぎるが。  「真癒ちゃんはどうやって死にたい?」  圭吾は基本的に放っておけば勝手に喋り倒す男だが、たまにこうして相手に話を振る。真癒はその質問に暫し彼を見つめながら考えを巡らせ、少々間を置いて答えた。  「……窒息」  「酸素不足で気持ちよくなるから?」  「うん、最後は快楽を感じて死ねるって聞いたし」  「苦しいだけよりそういう方がいいよね、やっぱり」  なるほど、と圭吾は分析するような目線を真癒に送る。彼のその目を探られるようで嫌だと言う者も多いが、彼女は真っ直ぐ見つめ返して頷いた。それから、ああでも、とまた口を開く。  「自己肯定感が死んでる時は病死したいけど」  「苦しむから?」  「私なんて苦しんで死ぬのがお似合いでしょ、って気持ちになる」  圭吾が興味深いという目で真癒を見つめる。自己肯定感によって変わる回答は初めてだった。そもそもこんな質問に答えてくれる者も少なかったが。  「今は元気ってことだ?」  「今は私が世界で1番可愛いと思ってるから」  「ぶっ!うひゃひゃ!いや自己肯定感の振り幅笑うんよ!」  「毎度言ってるけど笑い方キモいな」  病死と答えなかったということは、と圭吾が確認すれば真癒は無表情で至極当然のように頷いて答えた。世界で1番、という回答にはさすがに圭吾も吹き出し声を出して笑う。確かに真癒はそこそこ顔立ちがいい。だが別にいわゆる黄金比の顔立ちでもないし、贔屓目がなければ確実に世界で1番にはならないだろう。  苦しんで死ぬのがお似合いだと思うほど落ちる自己肯定感がそこまで上がる真癒がおもしろくて、圭吾は暫く笑い続けた。真癒自身、完全に勘違いしてしまっているわけではなく、世界で1番という顔ではないことが解っている上で言ってるのが見て取れて、圭吾は余計に笑いから抜け出せなかった。  笑い続ける圭吾を放置して、真癒は無表情でポッキーを食べる。製造元の関係者が見たら泣きそうなほどの無表情だが、これで真癒はポッキーが好きである。何本目かのポッキーの先端を口にくわえた瞬間、圭吾が身を乗り出して反対側をくわえた。突然の行動に真癒が僅かに目を見開くが、圭吾はお構いなしに食べ進め、唇が触れる直前でパキリと折った。  「……そういうことするから、勝手に私とあんたが付き合ってることになるんだよ」  「んひひ、今やったらどうなるかなって思って」  「解は"噂の信憑性がクソほど上がる"でしょ」  「キスしてたって言われるかな?」  「私のこと好きでもないくせに噂増やして楽しむなよ……」  馬鹿なのか、とばかりにジト目を向ける真癒だが、圭吾にはまったく響かない。ニヤニヤと楽しそうに口元を緩ませている圭吾を見て、真癒は静かに溜め息をこぼした。誰か火はあるが真実はない煙を立てたがるこの男をどうにかしてくれ、と遠い目をしながら紙パックの牛乳を飲んだ。
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