傾いていた者たち

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 翌日、案の定大学中を真癒と圭吾の破廉恥な噂が飛び交っていた。付き合っているだのセフレだの、大学でキスをしただのセックスをしただの、尾ひれも特盛りな噂を聞きながら、真癒は相変わらずの無表情で授業を受けていた。  「ねぇ、あの噂ホントなの?」  授業が終わり廊下を歩いていた真癒に、同じ授業を受けていた女学生が話しかけた。声をかけられて立ち止まった真癒はゆったりとした瞬きをひとつして首を傾げる。  「どの噂?」  「歴史科の高身長イケメンと教室でえっちしてたって噂!」  「……驚くほど全部違うね」  声を潜めながらも興奮を抑えられていない女学生の言葉に、真癒はやはり無表情で端的に答えると、まだ何やら騒いでいる女学生を置いてさっさとラウンジに向かう。  圭吾は歴史科ではないし、小柄な真癒と並ぶとそれなりに見えるが高身長でもなく、全くイケメンではない。昨日のことであれば教室ではなくラウンジだし、圭吾が勝手にポッキーゲームをしただけでえっちどころかキスもしていない。噂の尾ひれの付き方が異常である。  真癒がラウンジに着くと、ひそひそ噂されている空間で圭吾がひとりでニヤニヤしていた。真癒が近づいて行くと彼は大きく手を振って呼んだ。  「尾ひれが特盛り過ぎて原型消えてるんだけど」  「いやぁ大学生の噂の尾ひれめちゃくちゃ面白いね!」  「楽しんでるのはあんただけだよ」  まったく変人極まりないやつだ、と考えている真癒もまた、噂の広がっている中で気にせず圭吾の前に座る程度には変わっている。真癒は鞄を置いて中からメロンパンと牛乳を取り出した。  「飽きないね」  「……ひと口食べる?」  いつも同じメニューの真癒に圭吾がその手元を見つめながら声をかけると、噂の渦中にも関わらず彼女はメロンパンを差し出した。圭吾はそれに首を振って水を飲み、ニタリと笑う。  「この噂の中メロンパン差し出しちゃう真癒ちゃんも相当変だよね」  「何を今更」  「うひひひ」  真癒が鼻で笑っても嬉しそうな圭吾に、彼女は溜め息を吐いたがその口元は僅かに緩んでいた。そうして当人たちだけが穏やかな時間を過ごすのが彼らの日常風景だった。  次の授業の始業時間が迫り、徐々にラウンジから人が減っていく。真癒は次のコマは空きだが、いつも圭吾は授業があったはずだ。だが彼は動かない。真癒が首をかしげて尋ねる。  「なに、休講?」  「自主休講かなぁ」  「サボりか」  圭吾はゴンと音を立てて机に突っ伏し、呆然とどこか宙を見つめ始めた。僅かに残っていた学生たちはそんな彼から距離を取るようにラウンジから去っていく。辺りの空気が重くなった気がした。真癒はただぼんやりと彼を見つめ、無表情で牛乳を飲む。  「……いつか一緒に死なない?」  それは圭吾にしては珍しい言葉だった。彼はいつも死にたいとは口にするが、他者に共感や共謀を求めることはなかった。さすがに真癒も驚いて僅かに目を見開き、逡巡の後その誘いに答える。  「……私、いつかやりたいことが見つかって、それがそれなりに成功してから死ぬつもりだから……その時まで待てるなら、いいよ」  今度は圭吾が驚く番だった。真癒は気分が沈んでいる時ならともかく、元気にしている時は死への関心がなさそうなのに。条件付きとは言え了承の回答を得た圭吾は、大きく目を見開いて顔を上げた。  「え、いいの!?」  「待てるならね。……まあ、一応親友だし」  「ありがとう、真癒ちゃん!」  圭吾はゾクゾクしていた。基本的に他者に興味がない真癒が心中の誘いに乗るのは、自惚れではなく自分だけだとわかっていた。さっきまでどこか虚ろでさえあった瞳を輝かせて、圭吾は真癒の手を握って礼を言う。真癒は急に手を握られた驚きで心拍数が上がるのを表に出さず、静かに頷いた。
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