傾いていた者たち

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 真癒にとって、恋愛というのは別世界のものだった。中学は女子校だったし、高校は通信制だった。女の子同士で付き合ってる子もいたし、ネット恋愛だってたくさん見てきたけれど、どれも真癒にとっては物語を読んでいるような、フィクションの世界に見えていた。だってあんなキラキラした感情は知らない。  真癒は好きだと思った人相手でも、ほとんどドキドキしたことがなく、きっと一生恋愛感情を知らずに生きていくのだと思っていた。だから、圭吾をだと思ってはいても、恋愛感情で好きだとは思っていなかった。圭吾が誰かと付き合ったと聞いてもほとんど無反応なくらいには、真癒にとって恋愛は別世界だった。  圭吾にとっても、恋愛はイマイチよくわからないものだった。好きだと言われれば付き合うし、それなりに好意も返すが、周囲の恋愛感情がどうにも軽く感じて馴染めなかった。好きなら一緒に死ぬくらいどうということもないだろう、と思っていたが、当然のごとく元カノたちは嫌がった。  いつしか自分の恋愛感情と周囲の言う恋愛感情は別の物だと認識するようになった。圭吾は必要以上に好きにならないように自分に制御をかけながら人と付き合うようになった。当然、そんな状態では上手くいくはずもなく、あまり長続きしなかったし、トラブルになることさえあった。  だから真癒は恋愛感情と他の好きの区別がついていないままだし、圭吾は好きになってもアプローチなどかけない。ふたりの感情は、一生交わらないはずった。  しかしあの日、真癒が心中の誘いを条件付きで受けた日、その前提は覆った。何故なら圭吾は見つけてしまった。一緒に死んでくれるほど愛してくれている人を。自分を親友だと称して笑う真癒を、あの瞬間、確かに愛してしまった。  それからと言うもの圭吾はたびたび、自分の感情に疎い真癒に対していつも以上のスキンシップをするようになる。いつだったか真癒が「ドキドキが驚きなのか恋愛感情なのかわからない」と言っていたことを覚えていた。だから、スキンシップに驚かないほど慣れさせ、それでも心拍数が上がれば恋愛感情だと認識してくれるのではないか、という試みをしていた。  悪くない試みだっただろう。だが圭吾にも誤算があった。思っていたよりも真癒の反応が変わらず、圭吾自身が待てなかったのである。いけないことだとわかっていた。わかっていたけれど、今まで制御し続けていた反動なのか、圭吾は暴走した自分の感情を制御できなかった。  その日も圭吾はいつものように追い出される時間まで駄弁ろうと、大学のラウンジで真癒の授業が終わるのを待っていた。意外と友人が少なくない真癒は、いつも圭吾とだけいるわけではない。それは今までもそうだったし、それに対して圭吾が何か思ったことはなかった。だが、その時はだめだった。真癒が男友達と笑い合っているのを見た瞬間、圭吾の中で何かが弾け飛んでしまった。  ぐるぐる、もやもや、圭吾の胸の奥でどす黒く歪んだものが膨らんでいく。真癒が当然のように男友達と別れて自分の元へ来るのを見て一度は収まったものの、消化しきれずに真癒の好奇心をくすぐり彼女の貞操観念の緩さを利用してホテルへと連れ込んでしまう。  「すご、風呂丸見えじゃん。うわアメニティめっちゃある」  悪手だ、と圭吾の中で冷静な自分が警告していたが、すぐに黒く塗りつぶされてしまう。警戒心なくベッドに寝転び枕元のボタンで遊び始めた真癒に、圭吾が無言で覆い被さる。真癒はこんな時にもほとんど無表情で圭吾を見上げた。  「……したいの?」  「俺はしたい」  「ふーん……じゃあすれば」  結局、圭吾は手を出してしまった。真癒は何も気にしていないようだったが、圭吾は駅で真癒と別れて以降、急激に後悔の念に襲われた。暴力的とまではいかないだろうが、途中、大学で見た光景がチラついて少々手酷い扱いをしてしまった。何よりせっかく親友とまで言ってくれていた信頼を自分の手で壊してしまった気がして、圭吾は頭を抱えた。
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