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次の日もその次の日も、真癒はいつも通りだったし、圭吾もなるべくいつも通りに見えるように振る舞っていた。しかし、自責の念に駆られている圭吾にとって、真癒がいつも通りであればあるほど、日常がツラくなっていく。
「真癒ちゃん」
「ん?」
「まだいつか一緒に死んでくれる?」
圭吾は真癒の手首を強く掴みながら虚ろな目で尋ねた。真癒は手首の痛みに小さく顔をしかめ、何故こんなに切羽詰まった様子なのかがわからず不思議そうに首を傾げる。
「何急に、どうしたん?」
「答えて」
「いいよ、いつかね」
痛い、と文句も言わずに真癒が頷けば圭吾はやっと手を離して彼女を抱きしめた。いや、抱きしめたというよりはもたれ掛かったという方が近いだろうか。真癒はそんな彼を不思議に思いつつも、変人ぶりに拍車がかかった程度にしか考えていなかった。
そんなことが何度か繰り返され時折圭吾の暴走で一線を越えつつも、真癒も圭吾も表向きはいつも通りの日常を送り続けていた。しかし、圭吾の中では様々な欲と自責が膨らみ、その時は突然やってきた。
真癒は連絡不精だが、圭吾とは数日に一度くらいは大学で会う以外にも連絡を取り合っていた。その日ぼんやりと見ていたドラマの中で、特別な人にピアスホールを開けてもらうシーンがあった。なんだか色気さえ感じたその特別感に、真癒の頭には圭吾の顔が浮かんだ。
『私の耳にピアスホール開けてよ』
しかし、いつもならその日のうちに返ってくる連絡は、深夜になっても帰ってこなかった。嫌な予感がしつつも夜中にできることはほとんどない。真癒はひとまず眠ることにした。
翌日、昼前に起きた真癒の元に、大学から電話がかかってくる。寝起きの覚醒しきっていない状態で電話をとり、やる気のない声を出す。
「はい、もしもしー……」
その電話の内容は真癒の頭を覚醒させるには充分過ぎた。昨夜、真癒が連絡する少し前、圭吾が失踪したとのことだった。携帯は置いて行ってしまったらしい。道理で返信がないわけだ。真癒は頭を殴られたような衝撃を受けた。死にたい、と口にしていた姿が脳裏をよぎる。まさか、もう――。
最悪の事態ばかり思い浮かんで酷く動揺したまま、何かわかったら共有するように言われて終話した。真癒は呆然としたまま登校し、授業が終わると話す相手もいないのにラウンジで過ごした。
真癒はそんな時間を何日も何週間も続けた。あまり事件性がないということもあり、圭吾が失踪したことは限られた人にしか共有されなかった。友人たちからは一緒にいるところを見なくなったことを心配されたが、真癒も大事にするのは得策ではない気がして適当に誤魔化した。
噂好きの学生たちも皆、姿を見なくなれば興味をなくす。ふた月も経てば圭吾のことを口にする者はいなくなった。真癒はひとり、取り残されたような心地で過ごしていた。当然授業の内容など頭に入らず、単位は軒並み落とすことになった。
脱け殻のように生きていた真癒は前以上に他者に無関心となり、人付き合いも悪くなり、次第に友人たちは離れていった。だが、そんな彼女を気にかける者もいる。以前、圭吾の感情を刺激した真癒の男友達である。彼は松野綾斗。後に真癒が語る、きっかけをくれた友人だ。
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