銀色の初恋

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銀色の初恋

 その日、女は整形外科を訪れた。 「ええと……どちらの施術をお望みなのでしょうか。」  院長は不思議そうに、看護師は少し顔を赤らめてその女を見た。女はまさに絶世の美女。整形外科を営む院長の目で見ても、それは確実だった。「こんな美女が何の御用だろう」という疑問を、全員隠せずにいた。 「どちらだと思われますか?」  女の逆質問に、更に戸惑う院長。看護師と顔を見合わせながら、「ええと、ええと……。」とうろたえている。 「アタシ、ぶっちゃけ自分の容姿は完璧だと思っているんです。」 「ええ、その通りですね……?」 「顔は生まれながらにして最高の顔面。ほら。このツリ目だって、女性的で愛らしいでしょう?」 「は、はあ……。」 「肌はスベスベ、それでいてモチモチ!ハリもあって、こんなに透明感がある奇跡的な肌。鼻も筋が通っていて、悪くない顔立ち。唇の長さや厚さ、鼻との距離感なんて、これほどまでにないくらい最高ですね。輪郭だってステキ。」 「え、ええ……はい……。」 「眉毛や髪型、服装、メイクなんかはあくまでプラスアルファ……基礎的な容姿のみをとっても至極の逸品。体型だって素晴らしいでしょう?肩幅、四肢の長さ、細さ、バランス、身長……アタシの容姿は本当に素晴らしいわ。」 「ええと……当院には、なぜいらっしゃったのでしょう?」  整形外科医から見ても自分は完璧なのか、確かめるためだろうか。そうだとすれば、面倒な客もいたものだな。と院長は心の中で呟く。 「……アタシ、フラれたんです。"ブス"だと言われて。」 「あちゃー……。」 「プライドは一ミリも傷付きませんでした。」 「そうでしょうね。自分で完璧だとおっしゃっていましたし。」 「でも、心はちょっと……傷付かなかった訳ではないんです。アタシ、ずっと自分は可愛くて美人だと思っていて……アタシほどの美女はまずいないと思っていたんです。だからこそ、アタシの何がダメなんだろう?と思いました。灯台もと暗し……アタシには全く見当もつかないのです。」  院長は、"ブス"とフラれてもなお、自分の容姿に絶対的な自信を持つ女に、呆れると同時に尊敬の念を抱き始めた。 「アタシのダメな箇所……お金はいくらでも払いますから、治療してください。」 「と、言われましても……。ワタシからしても、貴女の容姿は息を飲むほどに美しいです。寸分の隙もない……貴女の言うように、完璧な容姿だと感じます。」 「先生。アタシ、お世辞は嫌いです。」 「お世辞ではありませんよ。貴女がご自分を完璧だと思われるなら、それは完璧なのです。」 「あの人にフラれるような顔なのですから、きっと完璧ではありません。」  キリがない。顔の善し悪しとは単に、価値観の違いである。それ故に、この論争には正解がない。院長は、それを悟っていた。 「失礼ですが、フラれたというのは、いつ頃のことなのですか?」 「中学一年生の秋です。」 「(いにしえ)の記憶ではありませんか!!」 「古ですって!?アタシは今でもゾッコンです!」 「失礼しました。お相手は同い年ですか?」 「ええ、同級生です。一年B組でした。」  女は腕を組み、答えた。院長は、話を聞いて褒めてやれば、満足して帰ってくれるだろう……という魂胆を隠して、話を聞いた。 「それくらいの年頃でしたら、異性と話すというのは、変に意識してしまうものなのではないでしょうか。その人は、本当は貴女の容姿を完璧だと思っていながらも、そんなことを言ってしまったのかもしれません。」 「異性ではないのですが。」 「これは失礼。美男美女という四字熟語もありますから、勝手なイメージでお話してしまいました。……しかし、保健の教科書に載っているような"異性"とは、すなわち恋愛対象のことでしょう?」 「ええ、アタシもそう思います。」 「そうなると、やはり貴女への好意の裏返しで、そんなことを口走った可能性もあります。」 「あくまで、アタシの顔が悪い訳ではないと?」 「はい。いわゆる、女の子同士の嫉妬というものかも……。連絡先はお持ちなのでしょうか?成人式や、同窓会なんかでは会われましたか?今一度その方に本音を聞いてみれば、良い答えが返ってくるかもしれませんよ。」 「本当に?」 「いえ、保証は出来かねますが……。」  女は鞄からスマホと紙切れを取り出した。 「この日のために、人づてに聞いたんです。あの人の連絡先を。」 「この日のため?」  後押しされる日を待っていたというのか?そんな些細なことのために、ここを訪れたのか?性格はともかくこんな美女なら、友人だって多いはずだ。なぜわざわざ、この病院にしたんだ……。院長は眉をひそめた。  プルルルル……プルルルル……  白衣のポケットから来る振動に、院長は驚いた。看護師達も顔を見合せている。まさかのタイミングに、思わず画面を見た。携帯の番号が表示されている。几帳面である院長は、知り合いの番号は名前で登録しているために、またも驚いた。したり顔の女は、院長に言った。 「電話に出てくださいよ、院長。……いえ、ミホちゃん。」 「嘘でしょう!?確かに、名前は同じだったけど……ミレイちゃんなの!?」  院長は既に、患者のことすら頭になかった。記憶が蘇る。覚えてもいなかったが、中学校では一年B組。秋、十月七日……ミホの誕生日に、ミレイは告白したのだ。 「どーお?ビックリ?アタシも、ミホちゃんが更に更に可愛くなっててビックリしちゃった!」 「わざわざ来るなんて……し、仕返しでもする気?ワタシがフったからって……。」 「仕返し?まあ、これからじっくりしていきたいね。こんなに好きにさせた仕返しとして、アタシを好きになってもらうわ!!」  女は腰に手を当てて、ニカッと笑ってみせる。 「……もう。ミレイちゃんったら、相変わらずなんだから。」  院長はクスクスと笑った。 「「懐かしいね。」」  同時にそう言えば、二人で顔を見合わせて笑い合う。 「ミレイちゃん、ごめんね。ワタシ、あの時は本気だって思わなくて……それに元々、ミレイちゃんに……嫉妬してたの。大好きだったのに大嫌いで、あんなことを言っちゃった。」  お互い携帯を耳に当てたままで、ミホの話は続く。 「ワタシと違って、自信があってカッコ良くて、それなのに可愛くて……友達も沢山居たでしょ?ワタシはミレイちゃん以外居なかったのに、ミレイちゃんはワタシ以外とでも、あんなに楽しそうに笑えるんだなって。……ヤキモチ、妬いちゃった。いつの間にか卑屈になっちゃって、告白の言葉も嫌味に聞こえて、怖くなったの。」  涙が浮かぶその顔に、ミレイはそっと手を添えて、流れた涙を拭った。 「この仕事も、"美人でなきゃ美人に馬鹿にされる。馬鹿にされる気持ちがわかるワタシが、そんな可哀想な人を救わなきゃいけないんだ"……なんて、今思えば失礼だけど……本当に、そんな理由で始めたの。ミレイちゃんは本気で、ワタシを好きでいてくれたって、薄々わかってたけど……あんなこと言っちゃったし、もう顔向け出来ないなって……。」  ミホの鼻孔を、淡く甘い香水の匂いがくすぐった。ミレイに抱き締められたミホは、呼応するように抱き締め返す。 「ごめんなさい、ミレイちゃん。ワタシも……本当は、ミレイちゃんが大好き。」 「ミホちゃん……!!」  ミレイは三歩ほどミホから離れ、電話を切る。かと思うと、鞄から可愛らしい花束を取り出して跪いた。 「アタシもまだ……いいえ、これからもずっと、ミホちゃんのことが大好き。アタシと……付き合ってください!!」 「……ふふっ、喜んで!!」  二人は、花弁が輝くような笑顔を絶やさないまま、抱擁し合った。軽快な拍手と、金と銀の花束。 「幸せだね。」  口にせずとも、二人の(こころ)は揃っていた。 「ねえ、ミホちゃん。何か気付かない?」  業務時間終了後、二人は手を繋ぎながら歩いていた。 「え?うーんと……ヒントは?」 「もうっ、いつもヒントから聞くんだから!」 「だって、ミレイちゃんがいつも教えてくれるから……。あ!今日、ワタシが誕生日だから来てくれた?」 「それも正解!」 「それ()?」  ミホは首を傾げる。ミレイはニヤッと笑い、「ヒントは、その花束!」と指さした。 「……あっ!金木犀と銀木犀……だよね?中学の時も、この花束を持って告白してくれた。」 「あったり!ご褒美に花言葉、教えてあげる!」 「ワタシ、覚えてるよ?」 「ほんとー?じゃあ、せーので言ってみる?」 「うん!」  二人は声を揃えた。 ──「「  」」。
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