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「リノ……頼むから信じてよ。何なら妹に今電話掛けるから、確認してくれてもいいよ」
「必要ないよ! どうせ口裏合わせて、バカな私をごまかすに決まってるもん!」
「リノ、今日は一体どうしたんだよ?」
僕が困り果ててそう尋ねると、リノはベッドの枕元の棚を指さした。
「あれ、いい加減どうかしたら? 三十前の男の人が置いてないと眠れないのはどうかと思うよ!」
リノが指さした色あせてちょっと間が抜けた表情のシロクマのぬいぐるみを反射的に見て、僕はカッと頭に血が上った。
「良いだろ! 別に! リノには関係ない!」
「ふーん。ユウくん、やっぱり恥ずかしいんだね。ま、いいけどさ。私たちユウくんの言う通りもう関係ないから」
「……出ていってくれ。二度と顔を見せるな」
「言われなくてもそのつもりだよ」
リノはカバンを手に取ると玄関へゆっくりと向かった。まるで僕の部屋の様子を記憶に焼き付けようとするようにそっと周囲を見回しながら。
そうして、必死に泣くのを堪えるような強い眼差しで最後に一言言い残して僕の前から姿を消した。
「ユウくん。さよなら。二度と会いたくないけど、割と好きだったよ」
バタンと音を立てて閉じられた部屋のドアを僕はしばらくの後、じっと凝視した。
それからベッドルームへと向かってシロクマのぬいぐるみに話しかける。
「……母さん。うまく行かなかったよ。ダメだねぇ、僕は。一番大事なところでいつも失敗しちゃうんだ」
このシロクマのぬいぐるみは僕が小学二年生のときに母がプレゼントしてくれたものだ。その翌日、母は家を出ていき、その後二度と会うことはなかった。今も生きているかどうかさえ、僕も妹も知らない。おそらく父もそうではないだろうか。
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