私、聖女になりますので

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「呼吸が止まってたって……」 「はい。僕が着いた時は、ちょうど止まったばかりだったそうなので、すぐにアンジェリカ様のお身体を見させていただきました」  教皇を始め、ルナ教の聖人聖女の中には、癒しの神力を持つ者もいる。  そんな人間が、呼吸が止まったばかりの時に偶然居合わせる確率はだいぶ低いはず。  アンジェリカは、自分がいかに幸運だったかを考えるより先に、まず疑った。 「それって……偶然なの?」 「何故、そう聞くんです?」 「だって、偶然にしては出来過ぎな気がするから……」  アンジェリカがそう言うと、ミシェルが微笑んだ。 「ご明察です。全て、神が導いた結果です。あなたの魂が過去へと舞い戻ってきた事で、本来この時代を生きていたあなたの魂と体内でぶつかったんです」 「それって、身体の中に私の魂が2つあったってこと?」 「そうです。そして、未来……つまり、こうして話している今のあなたの魂が、この時代のあなたの魂を喰らったのです」 「そ、それはつまり……私が、過去の私を殺したということ……?」 「そう言うことに……なるのでしょうかね……」 「そんな……」  とはいえ、アンジェリカはこうして生きている。   (過去の私が消えることは、私にどんな影響を与えたのかしら……)  この時、ふと思い出した。  過去の私にはなくて、今の私にあるもの。  それが起きたのは、ついさっき……。 「教皇様……私が、私の魂を食べてしまったことで、さっきのようなことができたの?」 「さっきのような、とは……?」 「あの、気持ち悪いものを……扇子で……」 「ああ。あなたが怨霊の塊を、扇子から飛び出してきた光で消した時のことですか」 「そうよ。あれは、一体何なの!? それにあなた……言ったわよね。私に2度目の人生を神が与えた代償が始まったって。それは、どういうことなの?」 「その答えは、あなたが持つ本にも詳しく書かれています」  そう言われて、アンジェリカはもう1度本に視線を落とした。  そして、指でなぞりながら、丁寧に欲しい情報がありそうな項目を、目を皿のようにして探した。 「あった……時を戻す術について……」  アンジェリカは、急いでページの数を確認して、該当の箇所を開いた。 「特定の条件下で、神が特定の人間の時を戻す現象を起こすことがある。その際、いくつかの注意事項がある……?」  アンジェリカは、1枚ページを捲った。 「時を戻した体は、生と死両方を抱える身体になるため、霊感の力が身に付くって……まさか……」  過去には全く見えず、コレットにも認識できなかった怨霊の塊を、何故アンジェリカが見えたのか。  その答えが、まさに書かれていたのだ。  アンジェリカは、さらにもう1枚ページを捲った。 「その身体は、人間の肉体としての生命活動はほとんどできなくなるって……えっ!?」  アンジェリカは急いで心臓に手をあてた。 「嘘…………」  どうして、今の今まで気づかなかったのか。  アンジェリカの心臓は、鼓動していなかった。 「ど、どうして……」 「今あなたの身体は、神の力によって生かされている状態なのです」 「そ、それって……」  どうして?  何のため?  得体の知れないこの事態への恐怖が、アンジェリカを支配していく。 「ご両親も、そのように動揺しておりました」 「え!?」 「何の前触れもなく、娘の呼吸が止まったんですからね。僕の姿を見たお2人は懇願してきましたよ。娘を助けてくれと」  母ならともかく、公爵については王子の婚約者に内定した私に死なれたら困るとでも思ったからだろうと、アンジェリカは察しがついた。 「時を戻す術は、ルナ教の信者の中でもごくわずかしか知りませんからね。まさか本当のことを言うわけには参りませんから、呪いと、分かりやすい形でお伝えしたんですよ。深入りされても、困ってしまいますし」  アンジェリカは、両親が言っていた呪いの意味が分かっても安心することはできなかった。 「私……どうなるの?」 「どうもしません。ただ、再度授かったこの生を全うするのが、あなたに課せられた神からの宿題なのです」 「宿題……」 「ええ。しつこく、忠告されましたよ。あなたを怨霊にさせるなと。…………そこまでして、あなたを次の神にしたかったようですね、今の神は」  そう言うと、ミシェルは苦笑しながら次のページを捲るようにアンジェリカを促した。 「ほら、そこに……書いてあるでしょう。代償のことが」  そこにはこう書かれていた。  神は、ただ存在しているだけで聖堂や聖地を通じて人々に加護を与える事ができる。  だが、時を戻すなどの禁忌の術を使った場合、神はその生涯までの寿命を一気に縮めることになる。そのため……。 「本来、必要な神の力が届かず、その結果神が封印していた悪きものが暴れ出すことがあるって……」 「そうです。悪きものというのが、あなたが目指そうとしていた哀れな怨霊たち。そして本来この聖堂は、ああいうものが入らないようにしっかり守られているはずでした。でも、あなたのために、その仕組みを神は自ら壊したのです」 「そんな……」  ただ、自分の命は自分で決着をつけたかった。  ただ、自分を騙して、何もかも自分から奪った人間達に怨霊になって復讐したかった。  ただ、それだけだったのに、いつの間にか知らない間に今度は神の候補に選ばれているだけでなく、時を戻され、その挙げ句に「お前のせいで神の寿命が縮まった」と言われているこの状況に、アンジェリカは混乱した。 「私は、これからどうしたら……」 「神から、言われませんでした? 聖女になって、まずはそれから、と」 「あ……」 (そうだ、確かに言われた……)  ミシェルは、ふわりと美しくアンジェリカに微笑むと、胸元から三日月形ペンダントを取り出した。  アンジェリカは、それを受け取ることの本当の意味をまだこの時、理解していなかった。
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