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一方この頃、ソレイユ国の城にはある一報が届いた。
それは、1週間前に急に倒れたアンジェリカが目覚めたという内容だった。
受け取ったのは、ルイだった。
「そうか、ご苦労だった」
ルイは、一報を運んできた侍従に礼を言うと、ふっとため息をついた。
「アンジェリカが目覚めたか……良かった……」
ルイはそのまま城の外にある庭園に足を運んだ。
そこに咲いていたのは、薄いクリーム色の薔薇。
ルイが、アンジェリカの髪の色に似ていると考え、庭師にわざわざ植えさせた薔薇だった。
「早く、会いたいものだ……」
ルイは、薔薇を愛おしむように撫でながら囁いた。
「ルイ様」
話しかけたのは、ルイが最も信頼する側近だった。
「準備はどうだ?」
「完璧にございます」
「そうか。最後までよろしく頼む」
「御意」
側近が慌ただしく去っていく後ろ姿を見ながら、ルイは空を見上げた。
もう、すっかり夜になっており、月がくっきりと見えていた。
「いよいよ明日か……」
ルイは、明日をずっと楽しみにしていた。
自分の20歳の誕生日を記念した宮廷舞踏会には、この国中の貴族が集まってくる。
そこで、発表することになっている。
自分と、自分がずっと片思いしていたアンジェリカとの婚約が。
「アンジェリカは、明日は無事に来てくれるだろうか……」
1週間前に、突然倒れたと聞いた時は、血の気が引いた。
すぐにでもアンジェリカに会いに行きたいと思ったが、公爵家から「呪いの可能性がある」と便りが来てしまった。
呪いの正体はまだよく分かっていない。
もしかしたら人から人へと移るかもしれない。
解明されていないからこそ、第1王子であるルイが呪いがかけられた疑惑があるアンジェリカに近づくことは許されなかった。
もし、このまま目覚める事がなければ、舞踏会どころの話ではない。
それに、呪いが本当だった場合、自分とアンジェリカの婚約が取り消されてしまうかもしれない。ルイはその可能性に怯えていた。
結果的に、アンジェリカは無事に目が覚めたと報告が来たのだが、ルイはその報告の内容に不満があった。
今、アンジェリカがどうしているのか。
自分との婚約を明日発表されることについてどう思っているのか。
ルイが知りたかったのは、まさにルイに対するアンジェリカの気持ちだったのだから。
ルイがアンジェリカの存在を知ったのは、フィロサフィール公爵から招待を受けてアリエルとお茶会をさせられた日だった。
元々、フィロサフィール家に娘が生まれたら、1人は王家に嫁がせるという暗黙の了解があったのは、ルイは知っていた。
だからこのお茶会は、お見合いなのだろうということは、子供ながらにルイは気づいていた。
この日初めてアリエルにあった感想はこんな感じだった。
綺麗な金色の髪とサファイア色の目を持っている。
ちらちらと、お茶と自分の顔を交互に見てくる。
話は、最初こそルイの話に興味を持って、うんうんと頷きながら聞いていたが、徐々に自分の自慢ばかりするようになっていた。
それも、1番高いドレスを何着も買ったとか、自分のことというよりは、所有している物に関する自慢ばかり。ルイはその手の話を聞くのが苦手だった。
だからなのだろう。お茶会がお開きになった時、ルイは今までにないような開放感を覚えた。
と同時に、2度とアリエルとは話をしたくないと思った。
(そういえば……)
ルイは、ふと思い出した。
公爵にはもう1人娘がいる事を。
(今日は、この家にいないのだろうか……)
ルイは、もう1人の娘を見てみたくなった。
アリエルと同じようなタイプであれば、どうにか家同士の約束を反故にする方法がないかを探ろうと思った。
でももしも違っていたとしたら……。
そんな事を考えながら、ルイは公爵家の中を案内するように命令した。
王子の命令には誰も逆らえるはずもなく、ルイは公爵家の隅から隅まで案内してもらうことができた。それも、公爵直々。
が、この時はもう1人の娘を見つける事が出来なかった。
「公爵、1つ聞きたいのだが」
「何でしょう」
「お前には、もう1人娘がいるはずではなかったか?」
ルイの質問に、何故か公爵は渋い顔をしたのを、ルイは見逃さなかった。
「どうした?」
「いえ……その……もう1人の娘……ですか?」
「いないのか? 父上からはいると聞いていたが」
ルイの父親、つまり国王から聞いていると言われてしまえば、公爵は誤魔化すことはできない。
「おりますが……」
と、しぶしぶ公爵は存在を認めた。
「その娘にも会いたいのだが」
「何故です?」
その公爵の問いかけが、ルイには酷く不自然に思えた。
「逆に尋ねるが、何故お前は会わせようとしない?」
「そ、それは……その…………」
「問題がなければ、挨拶くらいはいいだろう」
「あ、あの…………今日は実は…………」
結局、公爵はもう1人の娘の存在までは認めたが、この日はその娘にはテコでも会わせようとしなかった。
ルイは、妙にこの件に引っかかっていたが、次の日以降の王子としての執務の多忙さにより、気にかける余裕はなかった。
そして、ルイにとって運命の出会いの日が訪れた。
その日は、ルイがお忍びで国立図書館へと視察に行く日だった。
そこに、いたのだ。
クリーム色の薔薇色の髪をなびかせながら、静かに読書をしているアンジェリカが。
ルイは、遠くからアンジェリカを眺めるだけだったが、アリエルと同じサファイア色の瞳をしていることから、すぐに気づいたのだった。
アンジェリカこそが、公爵家のもう1人の娘であることに。
ルイは思った。
アンジェリカの微笑みも、サファイア色の瞳もアリエルのものよりずっと美しいことに。
この日、ルイとアンジェリカは言葉を交わしたわけではなかったが、ルイは心に決めたのだ。
娶るのであれば、アンジェリカがいい、と。
ただ、ルイには大きな弱点があることを、ルイ自身まだこの時は知らなかった。
好きな女性には、緊張のあまり無愛想になってしまうということ。
そしてその無愛想が、アンジェリカの誤解を生み、結局ルイの気持ちが一向に伝わらないまま婚約発表を迎えることになってしまうことになった……。
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