私、自分で死にますので

4/6
前へ
/29ページ
次へ
 早速アリエルを城に入れたルイは、毎晩アリエルだけを自分の寝所に呼んでいた。  そこでは、アンジェリカへの暴力的な行為と違い、優しく愛情深い行為をルイがアリエルにしているらしい。  年老いた部屋掃除担当のメイドがあっさりとアンジェリカに話した。アンジェリカが持つ宝石の1つを対価として差し出したおかげで。   (なんて、屈辱的な話なのかしら)  アリエルという、憎たらしくも可愛らしいアンジェリカの妹は、王妃になるための苦労は、何1つしていない。  姿勢矯正訓練や、ソレイユ国の歴史丸暗記、いくつもの外国語の訓練、そして体を美しく整えるための過剰な減量も。  それなのに、アリエルばかりがルイに愛されているのが、残酷な現実なのだ。   (悔しい。辛い……)  そんな陳腐な言葉では語れない程、アンジェリカの心は限界を超えそうになっていた。  けれどそんなアンジェリカを、たった1つだけ支えてくれるものも、確かにあった。 (王妃になるために教育を受けたのは、私だけよ)  ルイの肉欲を受け止めることが出来たとしても、アリエルには決して国の重要な業務は担えない。  アンジェリカだけが、表で認められた確かな王妃候補であり、ルイの正式な妻。  だからアンジェリカは、必死で努力を続けた。完璧な王妃となるために。  ルイとアリエルがベッドの上でいやらしく睦み合っている間に。  それから1年後のルナ暦441年。  アリエルが妊娠した。  この頃は、アリエルがルイの側室であることは周知の事実となっていた。  アンジェリカが一向に懐妊しないから、国の存続のために仕方がなく側室をとった……ということにされていた。  そのため、アリエルの妊娠は国中が歓喜し、アリエルは救世主と呼ばれた。  一方でアンジェリカは石女と蔑まれた。  外国諸国との外交で、アンジェリカがどれだけ喜ばれたのかも、貧困対策のためにアンジェリカがどれだけ奔走したのかを、彼らは知らないから。  それでも、アンジェリカは気にしないようにしようと頑張った。   (私は未来の王妃。ソレイユ国にとって特別な女。国民達の健やかな生活を守ることは、私の使命。  私の生きていた足跡は、ちゃんと歴史に残る……)  毎晩眠る前に呪文を唱えてから、アンジェリカは眠った。生きがいを忘れないために。  こうやって、自ら努力して、アンジェリカは耐え続けた。  けれど、現実はアンジェリカがこの先長く生きることすら、許したくはなかったのだろう。  アンジェリカの運命は、ある日を境に死へと向かい始めた。  砂糖水のような甘いアリエルの誘い言葉は、摂りすぎてしまえば、病を発症する。 「お姉様、久しぶりにお茶を一緒に飲みません? とっておきの茶葉が手に入りましたの」  すでにこの頃、アリエルのお腹は一目見ただけで妊婦だと分かるほど、大きくなっていた。  アンジェリカは、お腹を見ないように顔を逸らした。 「あなたが誘うなんて、どういう風の吹き回しかしら? 家では1度もあなたからは誘わなかったじゃない」 「良いじゃないですか。私たちは姉妹でもあり、ルイ殿下の妃同士、なのですから……ね」 「妃同士……」 (そういうこと……)  アリエルは、はっきりと主張したかったのだろう……と、アンジェリカは思った。  アンジェリカは正妃の癖に子供1人宿せないから、自分の方が私より上なのだと。  そんなくだらない茶番に付き合う暇など、アンジェリカには本当になかった。  この日も、次の日の晩餐会のための準備が山ほど残っていたから。 「アリエルとのお茶などするべきでもない」  そう、アンジェリカの理性は繰り返し警告した。  でも、アンジェリカは我慢できなかった。  このまま、可憐な天使の皮を被った女狐が、アンジェリカに勝ったと誇らしげに考え続けることが。  そんな、みみっちいプライドなんかアンジェリカの中にいっそ消えていてくれていたなら、アンジェリカは1回目の人生でもう少し上手く立ち回れたのかもしれない。  でも、かもしれないは、後で考えても、もう遅いのだ。  時計の針は、その頃にはすでに、凶器となって狂気的にアンジェリカを殺しにきていた。  それが起きたのは、お茶を楽しむために作られたテラス。  中庭に咲いている、季節の花々を眺めるのに最適な場所だ。  その日は、太陽の光もまぶしく、ぽかぽかと暖かい日だった。  アリエルと私の前には、アリエルが大好きな甘いチョコレートケーキと紅茶が置かれた。  侍女が、紅茶を淹れようとした時、アリエルはこうアンジェリカにささやいた。 「お姉様に、注いでもらいたいわ」 「なんですって……?」  仮にも、正妃に茶を注がせるなど、前代未聞。  その場にいた侍女やメイド達は慌てた。 「アリエル様、それは……」  アリエル付きの侍女が口を出した。当然だ。  でも、アリエルはその瞬間、侍女の手を払い退けた。 「私は、ルイ殿下が唯一愛する女よ!昨日も、一昨日もルイ殿下は私の体をしつこく愛したのよ。そんな私に逆らうことは、ルイ殿下に逆らうこと……そうでしょう、お姉様」 「そう……分かったわ」  ルイの名前を出されてしまえば、ここにいる誰も、何も言えなくなってしまう。  でも、それでもアンジェリカはルイの正妃として毅然とした態度で断るべきだった。  何故ならこれは、アリエルがアンジェリカを処刑台に送るために仕組んだ、毒蛇のような罠だったから。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

145人が本棚に入れています
本棚に追加