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一 帰省
暦の上では春なのに、外はまだまだ寒い。
出張先が実家の近くだったので、僕は会社と家族に了解をとって、年に一回か二回しか帰ることのないに実家に帰省することにした。
「ただいま」
僕は久し振りに一人実家の戸を引いた。今では戸を引くのは子供たちの役割なので、一人で自分の家に帰るのが少し恥ずかしい。
物心着いた時から古かった日本家屋、今さら古い家とは思わない。その音を聞いた母はいそいそと廊下を駆けて玄関で正座して僕の帰りを迎えてくれた。
「おかえり」
「やだなあ、そんな仰々しく迎えないでよ」
「何を言ってるの『老いては子に従え』よ」
僕はそれに甘えて母にかばんを預けるとそのままリビングに入った。外側のたたずまいと違ってここだけは最近リフォームされた現代の部屋。カウンターキッチンがあって、壁には孫の写真が所狭しと貼られている。
「父さん、ただいま」
「おお、よう帰ってきたのう」
加齢が進んだ父にあいさつをして食卓に座った。すると間を置かずに玄関から戻ってきた母が同時に食事を用意してくれる。
さっきの言葉が示すように、母は現役世代の自分たちにはこれでもかと尽くしてくれるが、そんなに偉くなった訳ではないから恐縮する。普段の出張ならコンビニで弁当と酒を買ってビジネスホテルでちびちびとやるところだ。今回の出張ばかりは会社に感謝しなければならない――。
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