試合

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 野球部最後のイベントは、焼き肉食べ放題だ。  顧問の太田先生の全額奢りで、高橋主将率いる清水野球部は、大きな焼き肉屋に集合した。  30人を超える大所帯だ。  焼き肉屋もこのイベントを知っていて、壁を解放し、全員の顔が見えるように席を作ってくれていた。 「俺達野球部は、全力を出したな」  太田先生が声を張り上げる。 「はい」「おお」  と元気な返事が返ってくる。 「じゃ、」と高橋主将が立ち上がった。 「肉の前に、長話は嫌だろう。選手は全力を出したし、補欠やマネージャーも頑張った。残った2年以下は、俺達よりも上を目指してほしい。さて、今日は貧乏な俺じゃなく、先生の奢りだ。高いものからオーダーしろ。乾杯!」 「乾杯!」  とそこここに声が響き渡る。薫もコーラのジョッキを、伊藤先輩や桃花さんとぶつけ合った。  上カルビや、ミノが次々と運ばれてくる。ジュウっと音がする。肉が焼け、油の滴るいい匂いが漂ってきた。  食べ盛りの男子集団だ。肉が焼けるが早いか、箸が伸びてくる。2年生以下も、遠慮なく注文する。たちまち一皿目が完食された。  薫は少し遠慮していた。すると、アピールしなかった小鳥のように、全く肉を食べることができなかった。 「キャベツでも食べて我慢しな」  見かねたのだろう。伊藤先輩が皿に山盛りキャベツを取り分けてくれた。 「ありがとうございます」  薫はキャベツをほおばる。ゴマ油の香りがして、美味しかった。  3回目の注文の後、やっと薫達遠慮組にも肉が回ってきた。薫は端が少しこげ、黒色になったロースをタレにつけ、口へと運んだ。赤身のジューシーさが伝わってくる。  桃花さんが、網にどの部位か分からない肉をのせた。香ばしい匂いが漂ってくる。 「それ、ハツだろ」  近くにいた男子部員が桃花さんに尋ねる。 「そ、ブタの心臓」  男子がハツをつまみ、口へ放りこんだ。 「こりこりしていて、旨いな」 「そういや、手術でブタの心臓を移植したって話、あったよな」  2年の、面長の男子がぼそっと言った。 「ああ、あったあった」 「そう考えると、ちょっとグロいよな」  周りの男子が同調する。 「そこまでして生きたいかな。私だったら、きれいさっぱりと死にたいけど」  桃花さんが軽い口調で言った。 「そんなの綺麗ごとだろ。何をやっても、生きたい人はいるんだよ!」  薫は、どなった。  手で強くテーブルを叩いたため、グラスががちゃんと鳴り響く。  一瞬、テーブルの周りが静かになった。 「あ、ゴメン。ちょっと言ってみただけで、深い意味はないから」  桃花さんが、謝罪と、驚きの混じった言葉を発した。 「ほら、あの人心臓が悪かったから」  とひそひそ声が聞こえる。 「そこ、元気ないぞ。もっと肉食え」  高橋先輩が悪い空気を蹴散らしてくれた。  
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