5人が本棚に入れています
本棚に追加
告白
夏の大会が終わり、薫のメインは図書館活動に戻った。もちろん野球部のマネージャーを止めたわけでは無いけれど、高橋先輩がいた頃の熱心さは残っていなかった。
薫は、野球好きよりも高橋先輩のことが好きだったんだなと思った。
「おーい、薫さん、呼んだぞ」
高橋先輩が『思い出のマーニー』を抱えて現れた。
「良かったよ。マーニー。でも、進路の先生が、もうすぐ成人するんだから、もっとしっかりしたものを読めって、文句つけて」
マーニーはしっかりしていないのか。薫は進路指導の先生に嫌悪感を持った。
「じゃ、ダニエル・キイスの『24人のビリー・ミリガン』はどうでしょう。アドレナリンを自由に操る人格が出てきますし」
「アドレナリン? すげえ、無敵じゃん、そいつ」
あ、でも、犯罪者が出てくる小説だから受験には不向きか。
「『アルジャーノンに花束を』が有名です。迷っているなら、是非」
高橋先輩を前にすると、胸がドキドキする。
「よっしゃ、それを借りてみるわ」
何か言いたいのに、何も言えない。黙って貸し出し処理するだけだ。
秋が終わり、冬の風が木々の間を吹き抜ける。
「薫さん、大学、受かったぞ」
高橋先輩が、意気揚々と図書館に入ってきた。
推薦合格した大学名を告げる。あまり偏差値は高くないが、古くからある名門校だった。
「『アルジャーノン』、良かったよ。受験では聞かれなかったけど。主人公が天才になる描写が凄い」
そう言って、本を差し出す。
胸がドキドキ。
図書館で、二人きりだ。
「あ、合格、おめでとうございます。冬休み、楽しく過ごせますね」
「ありがとな。友達とスキーに行くわ」
高橋先輩はそう言って、薫に背を向ける。
薫は、後ろから声をかけることができなかった。
無難な言葉で会話を終えてしまったと後悔した。
1月はあっという間に過ぎ、季節は2月に入った。残雪がうっすらと校庭を白く彩る。薫は相変わらず本に囲まれながら、整理を続けた。
高橋先輩が訪れると思っていたが、どうやら薫の希望的観測だったようだ。普段読書しない先輩は、わざわざ図書館まで来ることは無いのだろう。
カレンダーを見る。もうすぐバレンタインデーだ。
そう思うと、心がドキンする。
今回も、野球部マネージャーと同じように、自分から積極的に行動しなければならないのかもしれない。マネージャーをやっいているおかげで、高橋先輩と付き合っている人はどうやらいないと知った。大きな収穫だ。
伊藤先輩が密かに好意をよせているかも、という噂も耳に入った。美人で、溌剌としていて、リーダーシップもある。彼女に勝てるだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!