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今はライバルのことを考えている暇は無い。薫は、本棚から『手作りチョコレートの作り方』を選び、自分用に借りた。
手作りチョコレートは、想像以上に難しい。板チョコを溶かし、型にはめるだけだが、何度やっても綺麗なハート型にならない。時々味見をするけれど、どうも既製品のチョコの方が美味しい気がする。
どうにかこうにかチョコを作り上げ、丁寧にラッピングした。
運命の2月14日。
薫はチョコを抱きしめ、学校へと向かった。
バレンタインのチョコレートは、直接手渡しするのが原則となっている。チョコレート自体学校は禁止しているのだが、手渡しは黙認されている。ただし、下駄箱はダメだ。以前混ぜ物をした不審物が投函されたことがあって、大問題に発展したことがあったからだ。
薫は、スマホを取り出す。
マネージャーの役得で、選手全員の連絡先はゲットしてある。高橋先輩の画面までスクロールした。いざかけようとすると、胸がドキドキする。
もう一度、ラッピングを取り、チョコを確認した。
何てことだ。チョコからは、白い粉が噴き出ていた。寒い所を歩く通学時から、温かな図書館に持ってきたため、ファットブルーム現象が起きてしまったのだ。
こんな出来損ないを渡すわけにはいかない。呼び出す前に見つけられたのが、幸いと言うべきか。
薫は溢れてきた涙をぬぐい、味の変わったチョコレートを自分でかじった。
3月2日。卒業式だ。
ついに告白できる最後のチャンスがやってきた。
外は肌寒いながらも快晴で、緑の草が萌え初めている。
校歌も、祝辞も、薫は聞き流した。今は高橋先輩のことで頭がいっぱいだ。先輩は今、壇上で卒業証書を授与されている。
式が終わった。
薫は高橋先輩を校門の前で、目を皿のようにして探した。
先輩自体は、すぐに見つかった。野球部の人気者だったのだ。後輩に囲まれ、マネージャーから花束を受け取り、同級生から写真を頼まれ一緒にピースサインをする。
不意に、人混みが一段落した。
このチャンスを逃したら、一生後悔するだろう。
胸がドキドキする。
「先輩、5分だけ、ついてきて下さい」
「お、おう」
薫は高橋先輩のそでを掴み、校舎裏へと向かった。
やっと二人きりの空間ができる。
先輩が不思議そうな顔をする。
「ずっと好きだったんです。遠距離でもいいから、つきあって下さい」
言えた。
高橋先輩はあっけにとられた顔をし、少し笑顔を浮かべ、何かを考えるように空を見上げ、悲しそうに言った。
「ごめん。俺、男の子と付き合う趣味は無いんだわ」
決定的な一言が出た。薫の目の前がぼやけた。きっと涙だ。
「こっちこそ。気持ちの悪い思いをさせちゃったね」
先輩は「ううん」と首をふる。
「ごめんな。でも、これからもいい友達でいようぜ」
薫の背中をポンと叩き、高橋先輩は校門へと去っていった。
薫の心に、一筋の冷たい風が吹いた。
でも、言えた。
胸のドキドキは、もう収まっていた。
大きく息を吸い。生きている嬉しさを噛み締める。
また、恋をすればいいのだから。
薫は、胸の手術痕を服の上からなぞった。
ありがとう。心臓移植を実現してくれた、臓器ドナーの人。
あなたのくれた心臓は、強く、激しく脈打っています。
あなたの最後の思いは、決して無駄にはしません。
新たな恋の予兆のように、校舎裏に植えられた梅のつぼみが膨らんでいた。
了
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