告白

2/2
前へ
/7ページ
次へ
 今はライバルのことを考えている暇は無い。薫は、本棚から『手作りチョコレートの作り方』を選び、自分用に借りた。  手作りチョコレートは、想像以上に難しい。板チョコを溶かし、型にはめるだけだが、何度やっても綺麗なハート型にならない。時々味見をするけれど、どうも既製品のチョコの方が美味しい気がする。  どうにかこうにかチョコを作り上げ、丁寧にラッピングした。  運命の2月14日。  薫はチョコを抱きしめ、学校へと向かった。  バレンタインのチョコレートは、直接手渡しするのが原則となっている。チョコレート自体学校は禁止しているのだが、手渡しは黙認されている。ただし、下駄箱はダメだ。以前混ぜ物をした不審物が投函されたことがあって、大問題に発展したことがあったからだ。  薫は、スマホを取り出す。  マネージャーの役得で、選手全員の連絡先はゲットしてある。高橋先輩の画面までスクロールした。いざかけようとすると、胸がドキドキする。  もう一度、ラッピングを取り、チョコを確認した。  何てことだ。チョコからは、白い粉が噴き出ていた。寒い所を歩く通学時から、温かな図書館に持ってきたため、ファットブルーム現象が起きてしまったのだ。  こんな出来損ないを渡すわけにはいかない。呼び出す前に見つけられたのが、幸いと言うべきか。  薫は溢れてきた涙をぬぐい、味の変わったチョコレートを自分でかじった。  3月2日。卒業式だ。  ついに告白できる最後のチャンスがやってきた。  外は肌寒いながらも快晴で、緑の草が萌え初めている。  校歌も、祝辞も、薫は聞き流した。今は高橋先輩のことで頭がいっぱいだ。先輩は今、壇上で卒業証書を授与されている。  式が終わった。  薫は高橋先輩を校門の前で、目を皿のようにして探した。  先輩自体は、すぐに見つかった。野球部の人気者だったのだ。後輩に囲まれ、マネージャーから花束を受け取り、同級生から写真を頼まれ一緒にピースサインをする。  不意に、人混みが一段落した。  このチャンスを逃したら、一生後悔するだろう。  胸がドキドキする。 「先輩、5分だけ、ついてきて下さい」 「お、おう」  薫は高橋先輩のそでを掴み、校舎裏へと向かった。  やっと二人きりの空間ができる。  先輩が不思議そうな顔をする。 「ずっと好きだったんです。遠距離でもいいから、つきあって下さい」  言えた。  高橋先輩はあっけにとられた顔をし、少し笑顔を浮かべ、何かを考えるように空を見上げ、悲しそうに言った。 「ごめん。俺、男の子と付き合う趣味は無いんだわ」  決定的な一言が出た。薫の目の前がぼやけた。きっと涙だ。 「こっちこそ。気持ちの悪い思いをさせちゃったね」  先輩は「ううん」と首をふる。 「ごめんな。でも、これからもいい友達でいようぜ」  薫の背中をポンと叩き、高橋先輩は校門へと去っていった。  薫の心に、一筋の冷たい風が吹いた。  でも、言えた。  胸のドキドキは、もう収まっていた。  大きく息を吸い。生きている嬉しさを噛み締める。  また、恋をすればいいのだから。  薫は、胸の手術痕を服の上からなぞった。  ありがとう。心臓移植を実現してくれた、臓器ドナーの人。  あなたのくれた心臓は、強く、激しく脈打っています。  あなたの最後の思いは、決して無駄にはしません。  新たな恋の予兆のように、校舎裏に植えられた梅のつぼみが膨らんでいた。                                了                               
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加