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探偵杉田公一の初出勤の日である。
僕は、いつもより緊張していた。
勤務時間は一応9:00〜18:00であるが、これは建前。
お客の都合によって調査の方法が変わるので、勤務時間など無いに等しいと、代表から聞いている。
それでいて、給料は安く成功報酬だ。いったい成功するとどれだけ
もらえるのか、明確には聞いていない。
何ともいい加減な話しではあるが、探偵という言葉の響きに
子供の頃から憧れを抱いていた。
その様な想いを持ちながらの初出勤である。
探偵事務所は僕の住むアパートから近く、歩いても15分ぐらいで行ける距離だ。僕は8:30にアパートを出た。
5階までの階段を走って登って行った。
これくらいの運動は朝飯前だ、息も切れない。
元気いっぱいで、インターホンを押した。
「杉田です。おはよう御座います。開けて下さい。」
と、少し大きな声で言った。
すると、何の返事も無く、鍵を解除する音が聞こえた。
僕は、昨日来た時と同じ様にドアのぶを回し、中に入って行った。
中には、昨日の代表の姿は無く、一人の老人の男がソファーに寝転んだまま、僕の顔を見ている。
(何だ此の男は?)と僕は不審に思ったが、何も言えずにいると、男が
「君か、今日から来ると言っていた男は?」
と聞かれた。
男は寝たままでいる。(何と失礼な人だろう。)と思ったが
素性がわからない。
もしかすると、反社的な人かも知れないと、反射的に閃いた。
僕は、これでも正義感が強いと自負している。
仮に相手が反社的な人であっても怯む事は無い。
こんな失礼な態度を取る人間に断固として闘うぞ!
と言う想いで発した言葉は、普通の挨拶だった。
「おはよう御座います。今日からお世話になる、杉田公一です。
代表はどちらにいらっしゃるでしょうか?」
と丁寧な言葉使いで答えた。年長者には尊敬の念を持たねばいけない。
すると、男は起きながら
「直美が来るのは、昼からだな。裕美はもう直ぐ来るだろ。」
と、横柄な言い方であるし、代表と此の男との関係はいかなるものか? と疑問に思って聞いた。
「貴方はどちら様でしょうか?」
「どちら様かと言われる程の者じゃ無いよ。それより、俺のこと
どの様に見える?」
と逆に質問してきた。
もしかすると、男は、僕に探偵の素質があるかどうかを確かめているのではないか!と感じた。
男の身なりは、髪は白髪混じり、顔付きはそれほど男前でも無く
普通の顔、伊東四郎に似ている。
服装は地味な色でグレーのシャツに薄手の黒のジャンバー
ズボンは普通のズボンだ、色もグレー。靴を見たら置いてあるのは、サンダル。サンダルで来たところを見ると近くに住んでいる。
余り金持ちでは無さそう。持っていたとしても、派手な男ではない。年齢も60代の後半か70代前半。
代表との関係は、名前で呼ぶくらいだから、親しい関係。
もしかすると、父親か?親類の人かも知れない。
パトロンかも知れないが、代表は確か---の筈。
だとすると、一番可能性のあるのは、親類の人と言う結論に
達した。まさか反社では無いであろう。
「代表の親類の方ですか?それともお父さんですか?」
「何故、親類と想うのか?」
と少しビックリしていたが、顔は笑っていた。
私はその男に、私の感想を述べた。
「私の推理が間違っていたら御免なさいね。」
と言いながら僕はソファーに腰を下ろした。
男と対面する格好で話した。
「まず、あなたの年齢を65歳から75歳の間と判断しました。
年齢から見ても、代表の父親だったとしてもおかしくは無い。
だが、貴方の最初のリアクションが『何故親類と思うのか?』
でした。此の言葉を素直にとると、父親の可能性は少ない。
服装は地味系で高価なものは身につけず、ラフなものの言い方は、
代表と親しい関係。直美、裕美と呼んでいる事から分かります。
それに此処から近い距離に貴方は住んでいらっしゃる。
親類以外ならば、何でしょうか?代表のパトロンかも知れません。
失礼な事を申し上げてしまいました。
もしかすると、私に探偵の要素があるかを調べているのでは無いかと思いました。貴方が私に試験をしているみたいに思います。
だとすると、貴方は此処の探偵?」
「君、合格。おめでとう。探偵の大事な要素は観察力だ。
それがたとえ間違っていたとしても、注意深く観察する。
此の事は、探偵の必須条件。
君が何も考えずに、『私の事など解らない』と言ったら素質無しと判断するところであったし期待もしない。
これから君、頑張って欲しい。もう直ぐ裕美が来るだろう。」
僕は嬉しかった。褒められたことでは無く、探偵の資質が有ると
認められたことに対して、本当に嬉しかった。
子供の頃から、コナンを観ていたのが、私の実力となって発揮されたのだ。
と思っていた時に、
音も立てずにまるで、忍者の様に忍び足で僕の横にいた女性は
代表の妹さんだった。
全く気づかない。もしかすると、この人は幽霊かと想うぐらい
存在感が無く、いつの間に僕の横に来たのか分からなかった。
妹は僕の耳元で息を掛ける様に
「おはよう。来てくれたのね」
と内緒話をするみたいに、妖しく言ってきた。
僕の期待が大きく膨らむ一日であった。
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