13 木崎君に叱られる

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13 木崎君に叱られる

木崎君がシュガースティックを湯気の上がるカップに入れて、くるくると回します。そしてソーサーを左手に持ち、右手でティーカップの持ち手を指で摘んで、静かに紅茶を飲みました。たったそれだけの動作がこの上なく優雅に見えます。99点すごい。 僕も木崎君と少し離れて座り、マグカップの取っ手を持ってふうふうと息を吹きかけました。甘い花のような香りがふわりと鼻腔を擽ります。 ...まあ、たまには紅茶も良いな...。 暫くふうふう、こくり、ふうふう、こくり...と冷ますのとちびりと飲むを繰り返してからマグカップをローテーブルに置くと、左横から「各務」と名前を呼ばれました。 首を横に向けて木崎君を見ると、彼はやっぱりにっこりと微笑んで、そして言いました。 「で、なんで白雪に会った事を黙ってた?」 「あ」 そうでした。僕、駅で姫宮君を振り切って逃げた後、木崎君に注意喚起しなきゃと思ってすっかり忘れてたんですよね。だって、まさか姫宮君が制服でウチの学校を割り出して襲来してくるとは思わないじゃないですか。...ウチの制服がこの辺りでは珍しい学生服だったのが敗因でしたよね。 「いえ、えっと...僕も駅で突然会って、でも姫様すっごく怖くて逃げたんです。だから木崎君にも言おうとは思ってたんですよ、本当に。ただ、うっかり忘れてただけで...」 僕がそう言うと、木崎君はふ~んと相槌を打ちました。 「そっかあ。忘れてたんだ。ふ~ん」 「...」 な、何だか妙なニュアンス...まさか機嫌が悪い?さっきまでは『庇ってくれてありがとう!』なんて上機嫌だったのに...。 「木崎君...怒ってる?」 僕がおそるおそる聞くと、木崎君は、んん?と少し君を傾けて、 「なんでそう思うの?」 と僕に逆質問してきました。 ええ~...もしかして面倒臭いやり取りになりそう? 「いや、あの...わかんないけど...雰囲気?」 「そっかあ。流石、長いつき合いの俺の鏡。俺がどんな顔してたって機嫌くらいわかっちゃうんだな~」 「...」 はい、怒ってる肯定きました。 やっぱりでした。 「...ごめんなさい」 ここは素直に謝っておくべきですよね。そもそも、僕が話すのを忘れちゃってたのが悪いんだし。姫様こと姫宮君と再会した時には飄々と受け答えしているように見えましたが、心構えなく突然に前世の因縁の相手に会ってしまったんです。内心は驚いていた事でしょう。僕だって先週末、突然駅で姫様に捕まえられた時は、心底驚きましたからね。 あ、そっか。土日挟んだから忘れちゃったんだ。反省反省。 木崎君は僕の謝罪に、小さく息を吐き、言いました。 「ま、俺の喜怒哀楽は読み取れても、何で怒ってるかまではわかんないよな。別の人間なんだし」 そりゃまあ、そうですねと思いながらも黙っていると、木崎君は言葉を続けました。 「あのな。白雪に会った事を伝えてくれなかったのに怒ってるのは、白雪が俺だけじゃなくてお前の事も恨んでるからだ」 「...まあ、はい。それは仕方ないかと...」 僕が答えると、木崎君の顔から笑みが消え、眉が寄せられました。眉間に皺が入り、目が眇められ、少し怖い表情に。でも美形は怖い表情をしてもまた違う趣きの美しさがある為、僕は怖いと思う反面、見蕩れてしまいました。 だって、本当に好みの顔なんですもん。数値的には姫宮君の方が高いですが、個人的好みは圧倒的に木崎君です。 うっかり見蕩れている僕をどう思ったのか、木崎君はさっきより長く息を吐きました。ダージリンの香りの混ざった甘い吐息でした。 「あのな。自覚があるなら余計に悪い。俺が心配してるのは、お前の身が危険に晒されるかもしれないって事。 俺と違って、お前は喧嘩なんか出来ないだろう」 「!!」 なんと、僕が伝えなかった事で木崎君が怒っていた理由は、僕の身を案じての事でした。 「俺が男に転生したから、もしかしてとは思ってたけど...まさかマジで白雪もだったとはな...」 そう言ってから、またティーカップを持ち、美しい所作で紅茶を飲む木崎君。ファッションヤンキーみたいな格好の癖に優雅すぎる。 でも木崎君が、実はタダのなんちゃって不良ではない事は、美麗な顔に似つかわしくない、その右手の殴りダコで知っています。 「万が一の予想が的中したのもだけど、あいつ、俺と出会い頭に手を上げようとしてきただろう?性別と一緒に性格まで変わってた。まあ、俺もそうだったから不思議はないけどな」 言われて、本当にそうだなと思いました。生まれ変わるとみんな、性格まで変わっちゃうんでしょうか。それとも人によるのかな...? 「僕とお后様が姫様をあんな風にしてしまったんでしょうか...」 しょんぼりと肩を落としながら言うと、そっと肩を抱かれました。 ...はっ、何時の間にか間合いを詰められている! そう気づきましたが、木崎君的には慰めてくれているようなので、振り払うのも身を捩って逃げるのも失礼かと思い、されるがままに大人しくしている僕。 すると耳元で、木崎君に囁かれたのです。 「俺はお前が心配なんだ。本当なら、ひとり歩きなんかさせたくないくらいに」 「...えっ、と...」 「現に勝手に帰ってひとり歩きして、俺の目の届かない場所であいつに遭遇してるだろ?お前の逃げ足が速いのは知ってるけど、もしもの事があったらどんな目に遭わされるか心配なんだ。お前は可愛いから、殴って大人しくさせて、レイプされるんじゃないかと思うと...」 「あの、なんかそれ男子高校生に対する心配の仕方として全然一般的じゃないです」 多分、僕に対する木崎君の目、もの凄く曇ってます。
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