どうかこの身にあなたのご慈悲を

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 騎士を買った。安い男だ。  私に押されるがままじりじりと後退し、逃げ場をなくした彼が不本意にもベッドへ身を沈める。彼は騎士然とした装備はしていなかったけれど、それでもベッドはぎしりと不満そうに鳴いた。それ以上に機嫌の悪そうな彼を見下ろす。 「パーシィ嬢、……こんな……こんなことは今すぐにやめるべきだ。何か事情があるんだろう? 早まるんじゃない」 「あらあら、往生際の悪い騎士様ですこと。……もう、観念してくださいな。私の呼び出しに貴方は応えた。これが事実です」 「俺は……っ、君が、何か事情があるんじゃないかと思って……」 「いいえ。ディック様にご心配していただくような事情など、なにも」  座る彼に立つ私。私を睨むようにして、彼は私を見上げる。本当に観念して欲しい。  この国では一夜限りの性交渉するのは一般的だ。処女や童貞といったものは年頃になれば年長の者が手配をして済ませ、同時に性的なことに関しての手管を教わる。なんなら、そう言う誘いをする喫茶スペースまである。  ちなみに、一時はあまりにも風紀が乱れたためか厳しく禁止された。とはいえ子が生まれること自体は国力に直結するし、災害に見舞われやすい土地柄もあり、なおかつアングラな方へ潜り広がろうとしたため止むなく国で法整備を進めて現在に至る。  よって今私が行っている『国営のマッチングシステムを利用して指名した相手を呼び出し、相手が呼び出し先にやってきた』ことは合法だ。同じ国の民だし、呼び出すのも国営の正規システムを経由しているから脅迫などを疑われることもない。実際、脅迫してないし。寧ろかなり安全に性交渉ができる仕組みになっている。  ちなみに騎士を相手に指名する場合、マッチング利用に必要な手数料の他、チャリティとして上乗せ金額が必要な場合も少なくないのだけれど、彼には要らなかった。 「貴方が頑なに性体験を拒んでいらしたのは存じております」 「だったらどうして、」 「私のことなどよいではありませんか。私は貴方に抱かれたいと思ったからお金をはたいて貴方の時間と身体を求め、そしてこの場所を用意したのです。夜明けまではお付き合いいただきますよ、ディック様」 「……君がそんなことを考えていたなんて知らなかったよ、パーシィ嬢。君とは……よい関係を築けていると思っていた」 「奇遇ですね。私もそう思っておりました」  そう言うと、彼は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。  私たちの馴れ初めはそう特殊なものではない。性行為についてかなり『おおらか』な気風のあるこの国において、私が身体を許したことがないのを揶揄されて、手を出されそうになっていたとき、割って入って自分もそうだと矢面に立ってくれたのが彼だった。  戸籍管理が進み、性病の検査などが厳しく義務づけられ、避妊具や避妊薬が広く使われている今のこの国で、15歳を越えても誰とも肌を重ねたことがないのはからかいの対象になり得る。勿論、強制されるようなことはないけれど、よかれと思って手を出されることもままある。男も女もだ。  ただ私は……なんというか、一人で性欲を発散することに慣れてしまっていた。そういう道具も中々に幅広く発展しているし、一人の方が快感に集中できる。気が楽なのだ。それに生来の気質なのか、誰かの裸を見るのはともかく、自分の身体を見られたり、それで何か思われたり、言及されたりするのが億劫だった。だから機会もなくずるずるとここまで来たわけだ。  当時の私は15歳だった。彼は20歳だったはずだ。  あれから4年経っている今、私を心配した両親が結婚相手をそれとなく探しているのは知っている。私はいいところのお嬢さんでもないのに、こんな性分だからかとても気に掛けてくれているのだ。両親の気持ちも分かってやれと、それとなく周りからの圧も強くなってきた。皆、両親に同情的な人ばかりだ。そんな環境の中で私は変人であり、異端だった。  そしてそれは彼も同じだった。  騎士という職業もあって、なんなら同性同士で発散することも珍しくないというのは有名な話だ。勿論、連れ込み宿や一夜の相手を求めるのに身元の不確かな喫茶スペースが活用されることはあまりなく、大体が身元がしっかりしている顔ぶれと、きちんと従業員がケアされている正規の娼館へ足を向けるという。  そんな環境にあって、男も女も拒んだ彼はかなり揶揄されたそうだ。腕っ節だけで黙らせた話を別の人から聞いたときは惚れ直したけれど。  私は彼と違って、力尽くで周りを黙らせる力も、彼だけを思って独り身で居続ける気概もなかった。だから、両親がそれとなく空けておけと言ってきた明後日に連れて行かれるだろうお見合いを……そのまま、受けようかという気でいたのだ。どうやら、一夫一婦制の国の人で、不特定多数の人と身体を重ねるという文化に馴染みがない人らしい。そこまで私のことを考えてくれているなら、私はそれに応えた方がいいんだろうなと。  だって、私は彼のことが好きだけど、抱かれてみたいと思っているけど、だからといって彼もそうだとは限らない。でも、踏み込むには彼が作り上げた壁は高く頑丈で、私はどうしていいか分からないままこの4年、両親をはじめとする圧をどうにかやり過ごしていたような状態だった。  差し入れにお菓子や軽食を持っていけば笑顔で応えてくれる。  非番の時にたまに会うことがあれば、手を振って声を掛けてくれて、買い物の荷物持ちを買って出てくれたり、遅くない時間に家まで送ってくれたりする。  誠実な彼は、身体を許さないこと以外は評判がいいのだ。まあ、性的なことに積極的でないというのは、この国の一般的な価値観からするとかなりマイナス要素として受け止められるために、恋人がいたり今現在いる様子はない。  だから多分、こんなに彼に入れあげて、拗らせているのは私だけだろう。  その上私はただ同じ街に住んでいる女でしかなく、仕事だってこの国で先祖代々営んでいる実家たるパン屋の手伝いだ。しかも店自体は兄が継ぐ。  職業に貴賤はないとはいえ、あまりにも遠い人だと思う。 「さあさあ、時間は有限です。私もこの場を手配するのに少なくない額を出しましたし、どうせなら気持ちのよいことをしませんか」 「な、っ……パーシィ嬢、君は……経験が殆どないと……」 「ええ。殆どどころか、対人で言えば皆無です」 「は?」 「今まで一人でしておりましたから」 「ひとっ、?」  素っ頓狂な声を上げる彼に動揺を見て、私はさっと彼の膝にのった。思わず上体を反らした彼を追いかけ、その逞しい身体の腹の上に跨がる。  スカートとパニエを貫通しても分かる、不自然な硬さと盛り上がり。 「ディック様、嬉しいです。貴方が私と共にいる時に、こんなにはっきりと興奮してくださるなんて」  彼の上で腰を揺らして感触を確かめると、彼は「んっ」と甘い声を上げた。  ――気分がいい。 「うわっ、ちょ、パーシィ嬢! 本当に……!」  制止の声も聞かず、身体の位置をずらして……いや、一回降りた方がいいかな。  床に膝をついて、彼のズボンを寛げる。むわ、と湿気を伴った熱気が立ち上るような気がして、私は堪らず息を吐いた。  彼の下着を突き上げ、まるで私へ向かって伸びているような錯覚さえ覚える。狼狽える彼は、ただの女である私相手にどうすればいいかと気が動転しているのか、力尽くで止めようとはしてこなかった。  それをいいことに、いそいそと下着をずらした。 「おおきい……の、ですね……とっても」  ぶるん、と下着から飛び出してきたものは太く、長かった。  ……入るのかしら……。  一瞬不安になったものの、その手の道具も入れたことがあるし、きっと大丈夫だろう。きっとね。  そっと手を伸ばし、赤くはりつめたそこに触れる。私が思うよりもずっと熱くて、硬くて……本当に人の肉体で、普段柔らかい場所がこんなにも硬くなるのかとびっくりする。 「あ、あ、そんな、っ」  信じられない、と彼が顔を真っ赤にしながらも目を離せないでいる様子になんだかくすぐったいような気持ちになる。私も人のものに触れたり、見たりするのは家族を除けば初めてなこともあって、彼の顔をずっと見ていたい気持ちを押し込めて、露わになった場所へ視線を戻した。  そっと顔を近づけて、舌先で舐めてみる。 「ふぁ、っ」  戸惑いと快感に揺れる声は、私の気を良くさせるには十分だ。彼が好きだという気持ちがどきどきと胸を鳴らす。 「パーシィ、じょうっ、き、きみは、こんな……っ、あ、け、経験がないなど、信じられないっ」 「ん、ちゅ……はぁ、……そう言われても、ないものはないのです」 「なら、どうしてそんなに躊躇いもなくこんなことができるんだっ! はっ、初めてなんだろうっ?」 「ディック様はどうか知りませんが、私は別に、性的なことに嫌悪感があるわけでも、極端に遠ざけているわけでもありませんから」 「へっ……?」 「……私は相手をとらないだけで、性的な快感を得ること自体は積極的な方だと思っています。こういうことも、知識だけ教えてくれる人は周りにいくらでもいますから」  例えば友人。幼なじみ。いろいろだ。  彼ははぁふぅと息を乱しながらも、どうにか喉を鳴らして口の中に溜まっていたらしい唾液を飲み込んだ。 「じゃ、じゃあ……本当に、初めて……?」 「生身の男性を、ということなら、そうです」  彼が冷静になるのは困る。私は答えると、今度は彼が下手に動けぬようにとぶりんとした先端を口に含む。とにかく歯を当てないように気をつけて、舌先で彼の丸く膨らんだ先端を舐めると、彼はビクビクと腹筋をゆらした。 「んんっ……あ、はぁ、ぱ、しぃ、」  頭を動かすのも長く続きそうにないし、歯を当てるよりはマシだろう。私の唾液で濡れた彼のものを、唇をつかって音を出しながら甘く吸い付き、舌先で凹凸を確かめるように舐める。屹立を支えている手も使って上下に動かしながらそうしていると、突然強い力で手首を握られた。 「う、うごか、っイ、……っくぅ、ぁ、っ」 「んっ、」  彼の雄が、そこと繋がっている下腹部が目の前で跳ねる。初めて強く掴まれたことにドキドキしながら待っていると、か細く「放してくれ」と哀願する声が漏れ聞こえてきた。  多分、達したはず。そう思いながら、口で受け止めたものを零さないようにしながら口から彼の熱を解放する。未だにぷるんとしている先端は赤くてつるつるとしていて、かわいささえ感じた。  そう思いつつ、彼のものか自分の唾液かで口の中がいっぱいだ。鼻で息をするにも、私も興奮して息が浅くなっているのか難しく思えて、味わうこともなく思い切ってそのままぐっと飲み込んだ。 「ん、はぁ……案外、男性がいつイくかどうかって分からないものなんですね」 「は……はあっ?! まさか飲んだのか?!」 「ええ」 「ど、どうして……」 「特に理由はありませんけど、口からものを吐いているところを見られたいという願望がないので……?」  私に股間をくつろげられた格好のまま、まだ顔の赤い彼が私を食い入るように見つめる。その目が唇に向かっているように思えて、今彼は何を思っているんだろうと思うと期待で胸がきゅっとなった。  湧き上がる気持ちと共に、自分の唇を舐めてみる。と、私の視線に気づいた彼は慌てて目を逸らした。 「……っ、はあ、……なあ、パーシィ嬢のことだ、本当は理由があるんだろう?」 「なぜ同じことを聞くのです? ただしたくなっただけ、気が変わっただけかも知れません」 「俺はただの木っ端だが、腐っても騎士として身を立てている。君がその理由を言いたくないことしかはっきりとしたところはわからないが、君が軽率にこんなことをする人でないことは知っているし、俺は自分のその感覚を疑ってない。普段そう言った手合いを相手にしているんだ。君の気が変わっただけとは思えない」  彼はそう言うと、痛くはないけれども力強く私の肩を掴んだ。……彼に力を出されると、私はもうなにもできない。そんな簡単なことに、ついに彼が気づいた。これ以上彼を動揺させ続けることはできない。  私は失敗したのだ。  力を抜いて、彼が込める力に従う。と、優しくベッドへ座らされた。そっと自分の下着を改めつつ、彼も改めて私の隣へと座る。ベッドの沈み方のせいで彼の方に身を寄せる形になるのを直そうとした直後、腰に手を回された。 「……いささか距離が近くはないですか」 「さっきまでゼロ距離だった君がそれを言うのか」  もっともだ。  少し不満そうな声色に、私は抵抗を諦めた。こうしている間にも朝は近づいてくると言うのに、もうなにもできないのだろうか。  がっかりしていると、彼が私の腰を抱く手の力が強くなった。 「俺は、俺の考えで君と付き合いたいと思っていた。それで、君とよい関係を築けると信じていた。……だが、今日の君を見て、知って、もうそれは止めようと思う」  静かだけれど、力のこもった声だった。  ああ、彼を失望させてしまったのだなと思う。いや、この方法を使うことを決めた段階でそれは織り込み済みだ。それでも、快感に溺れてくれて、全て終わって私がいなくなってから、私のいないところで感じて欲しかった。  そう思うと、元々分かっていたとは言え、改めて私がやっていることは合法なだけで碌でもないと悲しくなってくる。  私だって、私の考えで彼と……いつか、この気持ちが報われて欲しいと、そう思っていた。  でも、結局楽な方に流れた。そこまでを含めて、彼が失望するには充分だっただろう。 「君の事情など知ったことか」  突き放すような声の後、有無を言わさない力でベッドへ寝かされる。彼の顔を見ようとしたけれど、直ぐに顔が近づいてきて、私は反射的に目を固く閉じた。 「んっ」  唇が、恐らく彼のものと触れ合う。強く押し当てられた後は、驚くほど優しく味わわれた。 「ん、んっ」  柔らかい唇が、私の唇を甚振る。甘く吸い付き、飽きることなく、離れることなく唇が擦れ合う。その感触は官能を呼んで、私は彼の行動に戸惑いを覚えながらも、うっとりと酔い痴れていた。 「ぁ……っ」  彼の舌先が私の閉じた唇を開けようとする。かと思えば、下唇に軽く歯を当てられ、異なる感触にぞくぞくと快感が腰を這い回った。  動こうにも、先ほどとは打って変わって、今度は私が彼に馬乗りにされている。どっしりとした彼の体躯は私の下腹部辺りにのっていて、彼の両足でしっかりと挟まれていた。これでは、足をばたつかせることもままならない。  上半身も、彼の両手によってベッドへ押しつけられていて、私にできることは言葉を口にすることくらいだった。  彼が私の手を掴み、さっき隠したばかりの場所へ触れさせる。……そこは再び下着を持ち上げ、熱く、硬くなっていた。 「君はこれから、ここにある子種で孕む」 「……え……」 「君が孕むまで、君の胎を犯す」  私を見つめる彼の顔は真剣だった。こんなことを嘘や冗談で言う人ではない。  その証拠に、彼は私の手を放すと、迷いなく私の服を寛げ始めた。  一介の町娘が着る服は一人でも着やすいように作られているものだ。大体のボタンは前についているし、コルセットだって自分で紐を締めた後はくるりと後ろに回すような感じで、締め付けはそんなにない。  騎士の装備の中にもコルセットのような、革製のベストがあったのを思い出す。だったら、コルセットの外し方だって同じ要領でできる。 「っ、ディック様、まって」 「待たない」  あっという間に服が乱れていく。決して乱暴ではないけれど、有無を言わさない強さがあった。 「あっ……」  シャツのボタンが外され、たくし上げられる。コルセットも緩められて、露わになった私の胸が頼りなく揺れた。  恥ずかしくて咄嗟に手で隠そうとすると、それを阻まれる。すぐさま胸に吸い付かれて、私は官能に身を震わせた。 「ああっ」  片方は口で、片方は手。  彼の指先は温かく、太くて肉厚だった。そんな指先の中でも、親指の腹で何度も押されて擦られる。その力も強すぎることはなく、胸の先が硬くなりすぎて痛みを感じるようなこともなかった。  吸い付かれている方も、甘く優しく吸われて、舌先で嬲られる。ちゅ、ちゅ、と音がする分、一人ではしたことのない感覚に目眩にも似た興奮に見舞われる。 「はあっ……ディックさま、あ、っ!」  彼こそ、私が知る限り経験などなさそうなのに、愛撫が的確すぎやしないだろうか。  そんな疑問は、彼による愛撫でなかなか口にさせてもらえない。  胸だけで嬌声を上げ、身悶えて力を抜いた私を、彼はどう思っただろうか。  どうして彼がこんなに慣れている風なのか戸惑いながらも、好きな人の愛撫に官能を覚えて、頭の中は既に千々に乱れている。  そんな私を宥めるかのように、彼は愛撫の合間に私の服を少しずつずらし始めた。飽くまで私の肌に触れるのに邪魔だから脱がすのだと言わんばかりに。 「どう、して……ディック様、……っ」 「これから君は俺に犯されてぐちゃぐちゃになるんだ。ここから出るときに服が俺のもので駄目になってもいいのか?」  よくはない。この日のために用意したおしゃれ着なのだ。でも、そうじゃない。そうじゃなくて、どうして急にやる気になったのか。 「俺が贈るというのも悪くないが、今回に関してはきっと君はそれどころじゃなくなっているだろうしな」  さっきから、まるで脅すような口ぶりで話す彼の様子は淡々としていて、迷いのない手つきと併せてそれが実行に移されるのは間違いないのだと感じさせる。 「パーシィ嬢、君が望む一夜に応えよう。だが、俺は一夜で終わらせるつもりはない」 「それは、どういう……」 「……俺が誰の誘いも乗らないのは、俺の独占欲と執着に応えられるやつが誰もいないからだ。その点で、君にはすごく期待していた。理由は違っても方向性は同じだったからな。ゆっくり時間を掛けて考えをすり合わせて、君と結ばれたかった。だが、時間を掛けすぎたようだ」  名前を呼ぼうと口を開いたのをどう思ったのか、キスで塞がれる。何度も啄まれて私の思考がぼやけてきた頃、彼は続けた。 「君以外に考えられない。君に捨てられたら俺は一生誰からも望まれないだろうし、誰かと添い遂げることもないだろう。だから君に、俺に夢中になってもらえるよう頑張るよ」  甘い声と共に耳たぶを舐められ、息を吹きかけられる。それに身をよじると、彼は嫌がったのだと思ったのか自嘲気味に笑った。 「君が好きだ。今夜は君がどれほど嫌がっても放さない」  返事は不要だとばかりに、私の唇は再び塞がれた。 ****** 「リカルド・マルティーニ、ペルセポネ・グラシア。時間を超過しています。何がありましたか」  部屋をノックする音が聞こえた。まどろみのような、絶頂の余韻のような幸福感と快感の中、私は立つどころか起き上がることもままならなくなっていた。  腰を動かすだけで、甘い痺れを感じて堪らない。  代わりに動いたのは彼だった。 「両名とも中にいる。すまない、時間を忘れてしまったようだ」 「ペルセポネ・グラシアは無事ですか」 「無事だが、ドアを開けるには俺も含めて少々不適切な格好なんだ。待ってくれないか」  落ち着いた彼の声に、もう朝も過ぎているというのに余韻が取れない。  彼は私の背を撫でると、自分はさっと服を纏って、私にはしっかりと予備のシーツを巻き付けた。 「……ドアを開けてくるよ?」 「ん……」  ちゅ、と音を立ててキスをされ、身体が疼く。こんなにいつまでも欲情しているのに、恥ずかしいというよりはもっともっと彼に触れられたいと思ってしまう。  身体の中に燻る熱を吐き出すように息をつくと、ドアが開いた。 「おはよう、お勤めご苦労さま」 「そう思うなら時間は守っていただきたいですね」 「すまない。その……盛り上がってしまって」  扉を叩いたのは役人だ。国営マッチングシステムの利用者は個人情報は勿論、性病の有無や過去の利用率など細かく管理されている。そのため、予定時間を越えても連絡がないことで事故や違法性がないか確認に来たのだろう。  話にしか聞いたことはないが、こういったトラブルはよくあることだとも聞いている。まあ、分からなくはない。役人は男女一組で来ているようで、男性は彼と、そして女性の方は私を見て様子を窺っていた。 「失礼、ペルセポネさんが動けないようでしたら、確認の為中へ入らせていただいても?」 「ああ」  彼は両手を開いて無害さをアピールしつつ頷いた。私へも確認の視線が寄越されたため、頷く。  中へ入ってきた彼女は気遣わしそうに私の側で片膝をついたけれど、私は二人の間でトラブルが起きたわけではないことを伝えた。  国営のマッチングシステムを利用すると、武器や薬物の類いを持ち込んだり、身につけたりすることは余程のことでもない限りできない。指定された正規の連れ込み宿には騎士が配備され、受付で必ず持ち物チェックが行われる。  また、合流する前にどこかの店や場所で媚薬などを仕込むことも禁じられていて、違反するとかなり重い罰金刑が科される。悪質だと禁固刑になることもある。  役人の彼女は自分の身体でドアからの視線を遮ったり、手持ちのブランケットで覆ったりしながら私の身体を調べた。勿論私の身体に無体の痕はなく、私が彼女の質問にもはっきりと答えたため、私たちは事件性のない遅刻だとして注意を受けるだけに留まった。  部屋を出るのに許された時間は十分程度で、速やかに退去するようにと締めくくられて、素直に返事をしたところで、 「おっと、そういえば今度は俺が彼女を指名したいんだが、今手続きはできないだろうか? 今すぐにでも始めたいんだ」  ……彼が溌剌とした態度で役人の男性を呼び止めた。そして威圧するかのような低い声で答えが返ってくる。 「……リカルド・マルティーニさん、然るべき手続きを踏んで、然るべき場所で、然るべきことをしてください。国営のものを利用している以上、延長はできません。忖度や例外もありません。そんなにどうしてもというのでしたら今すぐにでも役所へ来なさい。  ああ、その際彼女は自分の足で歩くように。誰かに連れられてというのは規約違反ですからね」  釘を刺された彼は、ドアの近くで肩をすくめて、改めて彼らを見送った。キリのいいところでドアを閉め、私の側へ戻ってくる。 「パーシィ、残念だが国営の仕組みを使っているとまどろっこしいことになりそうだ。本当は今すぐにでも君の中に戻って、君の甘い声を聞きたいのに」 「ディックさま……あの、支度をしませんと……」 「ああ、ほら、やっと俺の名を呼んでくれるようになったのに、水を差されたせいでよそよそしくなってしまった」  口惜しいと言う彼に、私はまだ言うべきことを言っていないことに気づく。 「あの、私はんぅ」 「駄目だ」  口を開けた瞬間、彼の手が私の頬に伸び、親指が口の中へ入ってくる。舌を優しく押さえつけられて、私は半端に口を開けたまま彼を見上げた。 「返事はまだ聞かない。君が俺の身体を忘れられなくなって、何もかも、俺以外考えられなくなるまで放さない」  既になっている。  でも、それを伝えようにも舌を押されていて、まるで愛撫するように親指が動いて、上手く言えない。ともすれば嘔吐いてしまいそうで、涙が浮かんだ。 「ああ……泣かないでくれパーシィ、君が好きだよ。愛してる。決して乱暴なことはしないから……哀れな俺に慈悲をくれないか」  舌が私の目尻を這い、涙が吸われる。宥めるように、慰めるように頭をぽんぽんと撫でられながら、彼は親指を抜くと、何度も私の唇を甘く啄んだ。 「君だって……俺のことをいいと思ってくれていただろう……? そうでもなければ、俺を指名するはずがない。例えそれがなんとなくでも、軽い気持ちでも、先に求めたのは君の方だ。もう放せない。誰にも渡したくない」  言葉を重ねる毎に彼の熱量が増えていくのを感じる。私は返事をすることもできず、微かに「このまま返事を焦らせば、彼はもっとこの甘美な行為を続けてくれるのだろうか」と愚かにも思ってしまって、彼にされるがまま身支度をされると、横抱きで彼に攫われた。  ――その後、連れて行かれた連れ込み宿で盛り上がり、私の意識が落ちた後も、彼はなにくれとなく私の世話を焼いて、本当に私を放すことがなかった。  昼も夜もなく好意をぶつけられ、そのうちに散々に焦らされて私が自分から腰を振って、彼が好きだと、だからお見合いをして嫁ぐことになる前に抱かれたかったのだと白状するまで甘く溶かされ続けた。  勿論その後は昂ぶった彼に激しく抱き潰されて……。声が掠れるまで睦み合った果てに、私たちは繋がったまま眠りについた。  次の日の朝、私を心配した親が出した捜索願によって動いた騎士団が部屋を改めにやってきて、私と彼は揃って事の顛末を調書へ記されることとなる。  彼は「市民に示しがつかない」として10日間の謹慎と減俸処分。私も「お相手がいたことはホッとしたけれど、散々心配をかけて、いい年した男女が何をしているのか」と、懇々と両親と兄から説教をされることになったけれど――……やったことを思えば、当然の結末だろう。
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