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 向こうに立っているのは、同じくフードを深々と被っている少年。  一直線にこちらを見つめてくるその眼差しは余裕なさげだが、力強い碧眼であった。  サマエルは不快げに目を細めると、指を5本立てて言い放った。 「大金貨5枚」 「…………っ!」  少年は拳を握りしめて、傍につかえる大柄な男性に何やら訴えかけると、再び手を挙げた。が、発言できる前にーー 「大金貨10枚」  サマエルに遮られた。  さすがに大金貨10枚は出せないのか、少年は顔をふせると、悔しげに去っていった。  こうして約100億円という、庶民魂の私では想像もつかないような大金でユニコーンの角が落札された。  わぁっと会場内が大喝采の音に見舞われ、そのまま私たちは裏の部屋へと通されて、支払いと商品の用意を待つことにーー 「先ほどの殿方はサマエル様と同い年のように見えます。どなた様でしょうか……」  ぽつりそう尋ねれば、隣ソファのサマエルは不機嫌そうに腕をくんだ。  けれど、嫉妬するそぶりをみせると私にからかわれると思ったのか、ぷいとそっぽを向いた。  あらあら〜、と内心でほくそ笑んでいると、振りむいたサマエルに睨まれた。 「ぼ、暴力反対でしゅ!」 「……その言い方はもはや煽りでしかないぞ」  サマエルは私の手をひっぱり、膝の上に抱き上げると、こちょこちょと腰に指を立てた。 「わぁ! く、くすぐらないでぇ、あは、だめ、あはははは、サマエルさま!」  暴れる私をぎゅうと抱きしめて、サマエルがクスクスと笑声をたてた。   「ざまぁみろ」  にっと白い歯を出して笑うサマエルの顔があまりにも眩しくて、じぃんと痛いほどに胸が熱くなった。  ややあって、交渉を終えてヘトヘトのオイディと合流した。  支払い先が分かれば芋づる式に調査できるので、結局サマエルが身分を明かして後日支払うことに。  行商人はしぶしぶだが、服従の証か角を箱に入れて手渡してくれた。  それを抱いて建物を出た時、街は夜のとばりに包み込まれていた。   「皇太子は無茶ばかりで、お兄さんの心臓が持たないよぉ」  オイディの文句を聞きながら角を曲がったところ、暗闇の奥から2人の大柄な男があらわれた。  オイディは咄嗟に腰の剣を抜くと、私に箱を差し出した。 「背後からも来るから、2人は壁のほうにねぇ」  ふりむけば、後ろにもう一人の男が立っていた。  いつの間に! 「だから悪目立ちしすぎるんだってぇ、もう〜」  ぼやきながらも、オイディは私とサマエルを庇うように、ゆっくりと石壁を背に動いた。  サマエルも剣を引きぬくと、私を隠すように構えをとる。  サマエルは強いとはいえ、体はまだ9歳だ。  不要に交戦したら足手まといになるかもしれないから、まずはオイディに任せるのだろう。  相手はフードで顔を隠しているから分からないが、振る舞いからして下卑た賊ではないのがわかる。 「何をしている、はやく剣を収めないか!」  すっと出てきたのは、最後まで入札を競った少年。 「驚かせてすまない。君たちを傷つけるつもりはないんだ」  少年の咎めに、男性たちはおずおずと剣を鞘にもどした。  けれど、オイディは変わらず相手に剣先を向けている。 「また会ったねぇ。こんばんは、さようなら。お兄さん会話するつもりないから、立ち去ってどうぞ」  そう言って道を示すように顎をしゃくってみせた。  オイディの軽いノリに少年は困惑しつつも、意を決したように言った。 「妹が、病気で苦しんでいるんだ。……頼む、半分でいいから、角を分けてくれないか? ただでとは言わない。今すぐ支払おう」  差し出されたのは、大金貨5枚の入った皮袋。  交渉しにきたと分かったからか、サマエルが泰然と前へでた。 「窮鼠猫をかむというが、こんな路地に追いつめておいて、哀訴するとは笑止千万」 「…………っ」  少年はぎりりと唇を噛みしめたが、反論することなく、頭をさげた。 「君の言うとおり、卑怯なマネだと分かっている。だが、どうしてもその角を分けてもらいたい。頼む!」 「頭を下げてはなりませぬ! 我輩が致そうぞ!」 「じぃは構うな!」  侍従らしき男性がアワアワと止めたが、少年は構わず頭を下げつづけた。 「この通りだ。頼む! 妹が、長く持たない……」  苦しそうな声色。  本当に妹想いの人なんだ。
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