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第一章 1
リリト・サルバドールは、人為的に作られた最強の存在であり、『ロートスの実』に登場する、やがて帝国を破滅にみちびくラスボスである。
不完全な人形のように感情を持っておらず、リリトは名目上帝国の姫だが父に愛されず疎まれていた。唯一関わりを持っていたドS義兄には道具としていいように使われ、最後は攻め込んできたヒーローの手で果てる運命なのだ。
誰にも愛されない、救われないリリトちゃん痺れる憧れるぅ~!
そう、厨二心をくすぐる魅力は十二分にあるのだけれど、もし自分がリリトに生まれ変わる日がくると分かっていたら、私はきっともっと違う結末を書いたはずなのにーー!
そう叫んだ私の言葉は赤ん坊の泣き声と化して部屋中に響きわたるのであった。
★ ★ ★ ★ ★
「お前、ここで何をしている?」
「ひぃ!」
背にかかった冷たい声に思わず口から悲鳴がこぼれでてしまう。
振り返れば、そこには8才くらいの美少年が立っていた。
黒髪に金眼の組み合わせのせいだろうか。
澄ましこんでいるご尊顔は麗しくもどこか危険な空気をまとい、ただならぬ存在感を強調していた。
それもそのはず。
だってこの子が小説の黒幕、リリトをもっともこき使うドS義兄ーーサマエルだもん!
「その手にあるのは、歴史本?」
明らかに大きすぎる本を両手で抱きこむ私を眺めて、サマエルは怪訝そうに黄金の瞳を細めた。
し、しくじっったぁぁあ!!
絶望的な転生から5年がたつ。
ひたすら魔力を隠して、サマエルの興味をひかないように穏便に過ごしてきた。それなのに、よりによって図書館に侵入する現場を目撃されるなんて……!
サマエルはしばし私を見つめると、何かを悟った様子で不愉快げに口元をゆがめた。
「お前は、……父上の人形か」
小説の設定では、リリトは亡き王妃の悲願で作られた姫だ。けれど、世界樹を使って作られたこの身体を人間として認識する人は少ない。
サマエルも当然リリトを妹としてみておらず、顔を見にくることもなかった。
今回は初めての対面だが、開口一番に人形呼ばわりか……
むっとしてサマエルの横を通りすぎようとしたが、進路を阻まれた。
「俺を無視するとはいい度胸だな。本を盗んで何するつもりだ?」
「ち、ちがいましゅ!」
私は物理的にまだ5歳だということもあって、日中はお昼寝とお散歩くらいしかさせてもらえず、娯楽に飢えていたのだ。
しかし、いくら強請っても本を出してもらえず、業を煮やして図書館に忍んできた。
勝手に本を取りだしたのは本当だけど、泥棒扱いは心外である。
「本がよみたいだけ! よんだら返すつもりでしゅ!」
焦りと未発達な口腔機能との相乗効果なのだろう。噛みまくった。
しかしさすがは黒幕というべきか、サマエルはまったく動じない。
「読みたいだけなら言えばいいだろ? 夜な夜なこっそり取りだすのは盗みだ、乳母に教わらなかったのか?」
「言ったです! でも汚すからダメって、出してもらえなかった!」
おのれの潔白を訴えようとサマエルをじっと見据えたら、
「……へぇ」
となぜかサマエルが意地悪そうな笑顔をつくった。
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