第一章 1

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「お前、人形にしては感情豊かだな?」 「そうでしゅか、では……うぇっ!」 「なぜ逃げる? さっきの強気はどうした?」  くるりと小走りする私の首に腕を回して、サマエルがゆっくりと私を引き戻した。まだ子供のくせに力強っ! 「わ、わたちに構わにゃいで……!」  ドS兄貴の殺人道具になんて絶対になりたくない。  精いっぱいの勇気を振り絞ってサマエルをねめつけると、ふーんとなぜかサマエルが片頬を吊り上げた。   「……すごい震えてる。……お前、面白いな。少しだけ知りたくなった」 「震える人を見て面白い感想を抱くサマエル様のことは知りたくないのでしゅが」 「ふぅん、言うじゃないか」  何を思ったか、サマエルがパチンと私の眉間を指で弾いた。 「いたっ! にゃんで!?」 「へぇ、痛みはあるんだ?」 「実験なら別のものでやっていただけましゅか?」 「ふっ、震えてるくせに、口だけは達者のようだな」    きぃと威嚇したつもりだが、サマエルからしたら怯えきった小動物にしか見えないのだろう。それが彼の嗜虐心を煽ったのか、その口角がみるみる上がっていった。やばい。サマエルの目が真っ暗だ! 「は、離して……! あわわわ?」  抜け出そうとした私をひょいとサマエルが離すものだから、勢い余って危うく尻餅つくところだった。 「むむ……」  がまん、がまん。  おっととと姿勢を直した私を見下ろして、サマエルが愉快げに笑った。   「この本を預かる」 「あ!」 「返して欲しいなら明日のお昼、訓練所にこい。来なかったら、お前が図書館から盗んだことをバラす」  サマエルは私の腕から革装丁の本を軽々しく奪いとると、まるで新しいおもちゃを手に入れた子どものような、明るくもどこか意地の悪そうな笑顔を浮かべたまま、宵闇のなかへと去っていった。
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