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次の日。不承不承ながらも本を返してもらおうとサマエルを探しに行った。
「はっ!」
訓練所がみえてきたところで、カシャンカシャンという金属の叩き合う音が聞こえた。
「もっと足を踏ん張って、そう、その調子です!」
サマエルは鉄剣を両手で握り、師匠らしき騎士服の男性と対峙していた。
すごい集中力で、まったく私に気づいていない模様。
どうしようとキョロキョロしていたら、近くに待機している騎士が気を利かせてサマエルに声をかけてくれた。
「そこでみていろ」
やっと私に気づいたサマエルは素っ気ない口調でそう言い捨てると、再び鍛錬に集中した。
人を呼びつけておいてそれはないでしょ……
心の中で文句を漏らしていれば、
「サマエル様は勉強熱心なお方ですから……」
隣にいる侍女のハンナがそう慰めてくれた。
まだ16才のハンナは私の乳母ではないが、幼児の時から面倒をみてくれて、私を妹のように可愛がってくれる。
今朝サマエルに会いに行くとハンナに伝えた時、ようやく兄妹が仲良くなれると期待していたのか、ハンナは大層喜んでくれた。
そして「可愛くおめかししましょうね〜」と気合を入れて私のドレスを選んだり、ゆるく編んだ髪に花を飾ったりしてくれたのだ。
それなのにサマエルときたら私を一瞥するだけで居ないもの扱いするのだから、ハンナはしゅんと分かりやすく落ちこんでいる。
「リリト様、日陰のところで待ちましょうか。お茶を入れますよ」
サマエルの鍛錬はまだ長くかかりそうなので、ハンナは適当な日影を見つけて美しいレジャーシートを敷いてくれた。
サマエルの態度は正直迷惑なのだが、本さえ返してもらえればそれでいいので気にしないことにする。
そうしてしばらく剣を振るうサマエルの姿を眺めたがすぐに飽きた。
紅茶を啜りながら退屈そうにしていると、
「サマエル様はかなりお強いそうですよ」
ハンナがにっこりとそう教えてくれた。
無理して微笑んでいるのは私への気遣いなのだろう。
「同年代の方ではお相手にならないくらいと聞いております。……ねぇ? 騎士のお方」
「はぇ? あ、ああ……。サマエル様は優秀、です」
「ええ! サマエル様はとっても優秀なお方ですよ、リリト様! 剣技だけではなく文才もお有りで、将来はきっと良い王になることでしょう」
上機嫌でハンナがサマエルを褒め倒した。
サマエルのスペックが高いのは本当だ。
文武両道で悪知恵の働く設定にしているからね。
小説では妹のチート能力を悪用して腐敗貴族たちの粛清とかきっちりやってるし。
「あ、そうですわ!」
両手を叩いてハンナが思い出すように言った。
「サマエル様はダンスもお得意そうですよ! いずれデビュタントでリリト様をエスコートすることになるでしょうから、今から楽しみですね」
そのデビュタントでサマエルは隣国の姫に一目惚れして誘拐するのだから、戦争に発展して帝国が滅びることになる。
楽しみというか永遠に来て欲しいくないイベントナンバーワンだよ、ハンナ!
できれば人知れずここを抜け出して自由気ままに生きたいところだけれど、魔法は食べ物を作り出せないから、ここを出たら餓死してしまうので無理だ。
「あ、もちろんダンスの授業もありますから、怖いことありませんよ!」
嫌な気持ちが顔に出たのか、ハンナは慌てて説明を入れた。
「心配ならサマエル様にダンスの練習に付き合ってもらいましょう? リリト様がお願いしたらきっと頷いてくれますよ!」
ハンナはどうにかして兄妹の仲を良くしたいのだろう。
ただお兄ちゃんすごい、大好き! な妹になったら良いように使われて捨てられるだけなの知ってるから、無理がある。
サマエルは私のことなんか、きっとどうでもいいと思っているから……
サマエルから話題を変えようと騎士のほうを見上げた。
「騎士のお兄さんもダンスできりゅ?」
「えっ⁉︎ あ、いや! 自分は田舎もんだから、舞踏会とか分からん、……です」
突然矛先を向けられた騎士は青くなりながらアタフタと手をふった。
騎士は自費で馬とか装備を揃わないといけないので、一般的には貴族しかなれない。けれど、帝国は実力主義国だから、騎士学校を創立して本当の庶民でも頑張れば出世できるのだ。
よく見れば、騎士の人は日焼けした健康的な肌色をしている。
敬語もままならなさそうだから、配属されてから日が浅いのかも。
興味が湧き質問をつづけた。
「お兄さんの出身は?」
「へ、辺境付近の小さな村、……です」
「村⁉︎ どんなところ? 気温は?」
小説を書いた時は村の設定を一切考えてなかったから気になる!
「え? えっと、風があって涼しいところかな、……です」
「涼しいんだ! へぇ、食べ物は?」
「芋類とか、祭りの時は肉とか、……です」
「祭りもあるんだ! 誰を祀るの? そうだ! 神話とかおとぎ話とかある?」
「えぇ……」
興味津々と彼の前へ移動すると、ものすんごい迷惑そうな雰囲気を出された。王族と話すのは面倒だからね、分かるけどそこは我慢してもらおう。
「敬語はいらないから、たくさん聞かせて!」
キラキラと期待の眼差しを向けると、騎士の人は仕方ないと言った具合で語ってくれた。
出身地は懐かしい思い出の場所だから一度語りだすと楽しい気分になりやすい。騎士は最初こそ辿々しい敬語で頑張っていたが、調子が乗るにつれて段々と崩れはじめ、いつしか陽気なタメ口になっていた。
異国的な話が面白くてすごいすごい! と連呼していたら、「実は僕も田舎出身で……」ともう一人の若い騎士が名乗り出て、なし崩し的に多くの騎士が集まってきて小さな輪が出来上がった。
楽器をひく人さえ揃えば演劇みたいな雰囲気になっていたことだろう。
「楽しそうだな」
「⁉︎」
サマエルの不機嫌そうな声で楽しい空気が一気に凍えた。騎士たちはすっくと整列してサマエルに道をつくる。
くっ、いいところだったのに……
残念に思いながらサマエルの前へ行き、鍛錬が終わったなら本を返してと両手を差し出してアピールしたら睨まれた。
「堂々と俺の指示を無視したくせに良い度胸だな」
ぎらりと光る金目は怖いが本を返してもらわないと困るので、おそるおそる権利を主張する。
「約束どおり訓練場まで来たので……、ぴぇっ!」
「鍛錬が終わるまで俺をみていろと言っただろ? なのにお前は俺よりコイツらを選んで……」
低い声でそう言いながらサマエルは私の頬をより一層強くつまんだ。
怒ってる。サマエルがめちゃくちゃ怒ってる。なんで⁉︎
「いたい、いたたたっ! のびちゃう、頬が伸びちゃう〜!」
「サマエル様!」
「侍女風情が、許可なく発言するな」
「ひぃ!」
アワアワと止めに入ったハンナにサマエルが剣先を向けた。
「ハ、ハンナをいじめないで……!」
咄嗟にサマエルの手を打ち払い、ハンナを庇うように両手を大きく広げた。
「お前……」
サマエルの手にある剣は先ほど訓練に使っていたものだから、刃は潰れているだろうが当たったら痛いだろう。
「人形のくせに……」
「はぇ?」
ポカンとする私をしばらく睨みつけると、サマエルはフンと鼻を鳴らして剣を収めた。
今のは悔しい顔……?
サマエルが? どうして……
「震えながら強気なところは感心するが、秘密をバラされたくないなら相応の努力をみせろ」
私の耳元でそう囁くと、明日から同じ時間に来いと冷たく言って、サマエルは騎士を連れてどこかへ行ってしまった。
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