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サマエルに頬をつままれた事件から数週間が経つ。
私は指示どおりに訓練場へ行き、毎日ぼんやりと鍛錬に励むサマエルの様子を眺めた。
サマエルの機嫌を損ねたくない騎士たちは私を敬遠していたが、あまりの退屈さで欠伸が止まらないでいると、さすがに可哀想と思ったのか偶に声をかけてくれた。
自慢ではないが、リリトは人為的に造られただけあって、容貌は彫刻品のように繊細で美しいのだ。
男ばかりの暑苦しい訓練場に幼女がじっとしているだけでも空気が和らげる。
それが美幼女ときたら可愛がってもらえるのもそう時間は要さない。
気さくに接してきた効果もあって、いつしか私は訓練場のマスコット的な存在になり、騎士たちは地元のお菓子や珍しい玩具とやらで私をひっぱりだこだ。
サマエルはというと基本的に鍛錬に夢中で私に絡んでこない。
そのくせ本を返そうとしてくれず、騎士たちと盛り上がりすぎると、
「お前は誰に会いにきている?」
とよく分からない文句を言ってくる。
それから訓練場だけではなく、歴史や算数の授業にも来いと私をあちらこちらへ連れ回った。
そして解答が上手くいって先生に褒められるたびにどうだ? というドヤ顔を向けてくる。
最初は意味不明すぎて困惑していたが、考えてみたらサマエルはまだ9才だ。
父である王には構ってもらえず寂しかったのだろう。それで妹の私にイキッているのかもと思うとなんだか可愛く思えてきた。
こうみえても前世は立派な社会人だったからね。
円滑な人間関係を築くスキルくらいは持っている。
タイミングを見計らって偉いねと褒めたら、案の定サマエルは得意げにふんぞり返った。
チョロいチョロい。
勉強するサマエルのそばにいれば本も読み放題だからね! 逃げられないなら仲良くしたほうがいいだろう。
こうして私は適度にサマエルをおだてて機嫌をとる。脅迫の本自体はどうしても返してもらえなかったが、図鑑や教科書などをねだって読書にふけった。
私は正式な授業を受けたことがないはずだが、不思議と読み書きはできていた。
自分が書いた世界だからかな?
深く考えても答えは出ない。これはこれで便利なのだから良いではないか!
「はぁ……! リリト様はこれが読めるのですか……?」
教えなくても難しい詩をスラスラと読めて、美しい字が書ける私に教師たちは驚いていた。
前世の知識は義務教育程度だけど、外見はまだ5才児だからさ、教師にとってはとんでもない天才に見えるわけだ。
それで私の実力を計りたいのか教師らはどんどんと本のレベルをあげて、私に読ませた。
子ども用の本だけではすぐに飽きるから、私としても好都合だ。今は騒がれているが、いずれ実力を見透されて落ち着くだろうし問題ない。
そう思ったのだが、甘かった……
優秀な子どもを育てたいというのは教師のサガ。
中世風の世界観であってもエリートが一生をかけて書いた学術書とかはさすがに読めない。
そう分かると教師らは随喜して私に説き聞かせた。
それからというもの、サマエルの授業の傍で非番の教師らによる大学なみの講義が行われることとなった。
難易度高すぎて嫌がると、リリト様ならできます! とか言って更に丁寧に教えてくるから、ギブアップしたくてもさせてくれない……
いっぽうのサマエルは教師に囲まれる私に対抗心を燃やしたらしく、勉学に身を打ちこんだ。
本人は私とちがって本物の秀才なので、みるみる学業に花が咲いていく。この調子なら3年も経たないうちに私を超えていくのだろう。
教師らもサマエルの優秀さに気づいてくれれば私の育成を諦めてくれるはず!
そう思い、事あるごとにサマエルの才能を褒め称えたら、リリト様は本当にお優しいと教師らは涙ぐみ、その反応が逆にサマエルの負けじ魂に火をつけてしまい、いつの間にかライバル視されるようになった。
逆効果じゃ〜い!
そうして数ヶ月間一緒に過ごして気づいたのだが、サマエルは驚くほど勤勉家だ。
妹に遅れをとられまいと夜遅くまで勉強していたのか、寝不足気味で目の下のクマが日に日に酷くなっていった。
それでも鍛錬をサボる事なく、毎日欠かさず訓練場へ通っている。
小説ではドS設定にしているから、てっきり根っからの悪い人だと思っていたが、そうでもないみたい。
自分で書いた小説なのに、サマエルのことはまったく理解していなかったようだ。
サマエルは成長すると理由もなく冷酷な黒幕になってしまうのだろうか。
私が書いた展開の通りに……
「何を見ている?」
ついついサマエルを凝視してしまい、怪訝そうな顔をされた。
今は自習の時間で、サマエルはさっきまでガリガリと紙に羽ペンを走らせていたのだ。
「む、難しそうだな〜、と思って」
「……馬鹿にしているのか?」
とってつけたような言い訳に噛みつかれて、パッと睨まれた。金眼のせいかやっぱり怖い。
「ち、ちがいましゅ! 綺麗な文章を書くのは難しいでしゅ」
「ふん。お前に言われると嫌味にしか聞こえない」
読めはするけど、文才はないから美しい文章は書けない。
サマエルは才能があって、すごいと思っているのは本当だ。
「嫌味じゃないでしゅ! いつも努力していてすごい、さすがお兄様でしゅ!」
拳を握ってぶんぶんと振り、元気さをアピールする。
私の渾身の褒め言葉に、サマエルはピクッと固まった。
「……おにい、さま……?」
「ん? はい、サマエル様は私のお兄様、でしゅから……?」
こてんと小首をかしげると、サマエルはハッとしたように立ち上がった。その拍子でサマエルの膝がテーブルの天板を打ちつけて、羽ペンがコロコロと床に落ちてしまった。
「妹、かぞく……、俺の……」
サマエルは混乱した様子で、もごもごと何かを呟くと、逃げ出すように部屋を飛び出ていった。
そこまで驚く、普通?
やはりというべきか、サマエルは私のことを人間として思ってないんだ。
胸の奥がキュンと締め付けられた感触に、思わず唇を噛み締めた。
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