はいたつ、はいたつ。

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 *** 「……田中さんそれ、よく無事でしたね」  翌日。二十歳年下の同僚に話すと。彼は俺の話を笑ったりもせず、こう言ったのである。 「それ、宅配業界で有名な都市伝説ですよ。カスガイロイヤルコーポ。あの世に立っているっつーマンションで、住んでる人間はみーんなオバケっていう」 「そ、そんな話があるかよ。きっと俺が、なんか夢見ただけで……」 「でも、マチダ団地まで宅配したのは事実でしょ?でもって、三年やってる田中さんが、三つも荷物見落とすなんてありえます?しかも超でっかいやつ」 「そ、それは……」 「それに、ウチって今九時までしか配達してないでしょ。八時半ならもう今日の配達ってかなりキビシーですよね。それなのに田中さんは配達しようとして、しかもその団地に到着したのが二十四時だったとか、そんなことあります?そんな時間に配達しようなんて思うはずないし、到着時間もおかしいっしょ」  言われてみれば、その通りだ。  なんで俺は平然と、とっくに配達時間を過ぎた深夜に荷物を届けようとしたのだろう?  いや、もっと言えば。あんな時間に配達したら、普通の人はとっくに寝ている。なのに、三軒が三軒とも、インターフォンを鳴らしたら普通に住人が起きていて出たのだ。そんなことがあるだろうか? 「その荷物、見なくてきっと正解でしたよ。死んだ人の荷物を見て、無事でいられるとは思えないし。いやあ、俺も最後の配達ってやつには気を付けないとなー」  あっはっは、と同僚は他人事のように笑ったが、俺にとってはまったく笑い話ではなかった。  思えば、荷物の伝票。宛先は書いてあったのに、送り主が一つも書いていなかった。それなのに俺はまったくおかしいとも思っていなかったのだ。 ――ま、まさかな……。  トラックのカーナビの履歴は、何故か昨日の分だけきれいに消えていた。俺は、それが何を意味するのか深く考えないようにした。都市伝説なんて信じたくはない。でも、今でも深夜の配達はちょっとばかり怖いと思ってしまうのである。  あの荷物を見てしまっていたら、俺もあのマンションの住人になってしまっていたのだろうか。
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