プロローグ

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プロローグ

「ちょっと試させて?」  俺は、会話の前後から、その言葉の意図を理解できないまま、横にいるそいつを見上げる。  俺よりも10センチは遥かに高い所にある顔は、とても綺麗で……、男に向かって綺麗だと言うのはあまり喜ばれないかも知れないけど、俺の目にはそう映った。  明るく染められた茶髪と、耳に飾られた幾つものピアス。そのどれもが見劣りすることなく、よく似合っていると思う。  試すって、何を?  俺たちは今、掃除当番でごみ捨てに来ているだけなのだ。何を試す必要があると言うのか、疑問に思ってそう言おうと口を開いたとき―――― 「んんっ?!」  俺の口はなにか、柔らかいもので塞がれていた。  言うまでもなく、それがそいつの唇で、ぬるっと差し込まれたのは舌であることにはすぐ気づく。  何度も漫画やテレビで見ては、どんな感じなんだろうと想像していたキスだ。  自分の身にそれが起こっていることに驚いた俺は、条件反射のようにそいつの胸を押しのける。しかし、腰をがっちりとホールドされていてびくともしない。顔を逸らそうにも、後頭部をがっしりとつかまれていてそれも無理だった。 「ん……ふぅっ……はっ」  あ、やば……。  ――キスって、こんなに気持ちいんだ……。  初体験からの発見。  なにがどうなってこうなっているのか、わからないけど。  抵抗なんか忘れるくらいの快感に支配され、俺の頭にはそんな感想だけが浮かんでいた。  甘い刺激に、脳が蕩けてしまいそうだ……。 「……っ……ふ……ん……」  どのくらい、キスしていたのか。  ようやく頭が現実を見始めた頃、俺は解放される。 「――はっ……はぁ……っ」  しかし、俺は突然与えられた刺激的すぎる快感と酸欠とでふらついてしまう。 「大丈夫か?」  ――しっかりしろ、俺!  俺は男で、そいつも男だということを忘れてはいけない。  しかも、ここは学校。  恥ずかしいのに、朦朧とする頭で見上げれば、こちらを見下ろすそいつと目が合った。  頬を上気させ恍惚とした表情に、不覚にも胸がドクン、と跳ねる。  あぁ、忘れてた。  こいつが、学年、いや学校一のイケメンだってこと。  そのせいで、俺のファーストキスを奪ったやつを怒るべきなのに、そんな感情はなぜだか沸き起こってくる気配がない。  「そんなに良かった? 俺のキス」と言わんばかりのドヤ顔に、見惚れてしまう。  くっそ……。  悔しいけど、言い返せない。(言われてもないけどな)  俺がなにも言えないでいると、そいつはとんでもないことを口にした。 「あー……やば……、その顔めっちゃそそる、もっかいしてい?」 「いっ、いいわけないだろ! バカやろぉぉぉおおおお!」  俺は走って逃げだしていた。
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