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帰宅したのは、夕方6時前。
日が長くなったとは言え、家に着く頃には空は薄暗く街灯に灯りがついていた。母親のおかえりーという声から逃げるように俺は自室へ向かい、後ろ手で閉めたドアに背中を預けるとずるずるとその場に座り込んだ。
顔が、熱い。心臓が、うるさい。
なんだこれ。
自分の体が言うことをきかない。
あいつは、今頃駅に着いた頃だろうか、とついさっき俺の家の前で別れたばかりの中条を思い出す。カフェで休憩して、スイーツを半分こして、たくさん喋ってたら、遅くなって、時間が遅いから送っていくと引かないあいつに折れる形で家まで送ってもらった。
俺、男なのに。
当たり前のようにリードされて、手をつながれて、守られて、笑顔を向けられて……。
まるで彼女にするみたいに大切に扱われて、なんか頭が錯覚したんだきっと。
恋愛慣れしてない超初心者が、熟練の師範クラスのやつに敵うわけがないんだきっと。
だから大丈夫だ。
なにが大丈夫でなにが大丈夫じゃないかわからないのに、俺は自分に大丈夫と言い聞かせる。
「尊、入るよー」
「いてッ」
返事を待つ気のない姉ちゃんが、ドアを開けたせいで俺の背中が押された。慌てて立ち上がった俺を見て「なにしてんの、そこで」と呆れた顔をした。
「べつに」
「やだぁ、べつにとか、反抗期じゃあるまいし。今日朝からお支度してあげたお姉さまに言うセリフぅ?」
「うっ」
それを言われてしまえば、もうなにも言えない俺は、素直にすみませんと謝る。姉ちゃんはずかずかと部屋に入ってきてベッドに座った。俺の部屋に来た理由は一つしかない。
「俺今帰ってきたばっかりなんだけど」
一息つく間もくれないのか、とスマホや財布をジーンズのポケットから抜き取りテーブルの上に放り投げた。それから、被ってるかつらやつけているアクセサリーを一つひとつ外していく。ウィッグネットで押さえつけられた頭は汗ばんでいて気持ち悪いから早く取ってしまいたかった。こんな思いをするなら地毛を伸ばすのもありか、と一瞬思った自分をぶん殴りたい。
「待ってたんだもーん。――で、どうだったの、デート」
ぶっちゃけ、すんげぇ楽しかった。
なんて、言えるわけねぇ!
「どうもしねぇよ。普通だ普通」
「普通ってなによ、普通に楽しかったってこと? それとも退屈だった?」
どうにも掘り下げたいらしい姉ちゃんに、俺は今日買った紙袋の中の物を取り出して渡す。
「ぎゃっ! なにコレ! おにかわじゃん」
「好きだろそれ」
頭に角を生やした癒し系キャラクター「おにかわ」のキャラクターがデザインされたネイルチップだ。雑貨屋で見かけて買っておいて正解だった。
「やーん、さすが私の妹!」
「誰が妹だ」
俺の頭をぎゅっと抱きしめてくる姉ちゃんを腕で押しのける。無駄にデカい胸のせいで窒息しそうだ。
「それで? 国宝級イケメンの中条くんは、どういうつもりなんだったの?」
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