佳乃先輩は今日も咲かない。

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 夜の街を、ひたすら二人で歩いていった。  ここではない、どこか。  僕達が行きたい場所は、この世のどこにもない。 「ちょっとまってよ、秋くん」  先輩が、歩むのを止める。  僕の手を握り、はぁ、はぁ、と息切れしていた。  延命治療も希望しなかったから、立っているのもやっとなのだ。 「どうしたんですか? 先輩。僕のことが信用できませんか? 新たな死に場所を探しに行きますか?」 「……私、死にたいなんて言ってない」 「死ぬのが、怖いからでしょう? 僕と一緒なら、怖くありませんよ」  ふるふる、と佳乃先輩は首を横に振る。  それから、僕に抱きついてきた。  殆ど支えるかたちで、僕は佳乃先輩を包み込む。 「……秋くんが死ぬのは、怖いよ」  蚊の鳴くような声で、先輩は言った。  夜の喧騒が、遠のいていくようだった。 「何を言っているんですか、先輩」  佳乃先輩が、静かに顔を上げる。  そして、へにゃり、と笑った。  久しぶりに見た笑顔だった。 「私、決めた。桜になる!」 「…………はい?」  佳乃先輩は、ポケットから、小さな枝を取り出して見せてくる。 「じゃーん! これ、なんだと思う?」 「……そこら辺で拾ったゴミですか」 「違うよ! ソメイヨシノの木だよ!」  佳乃先輩は、声を張ったからか、ごほごほと咳き込んだ。  僕は、背中をそうっと撫でた。
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