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「……佳乃先輩の、嘘つき」
僕はひとり、桜の木の下でタバコをふかしていた。
新品同然のスーツが皺になるのも気にせず、幹にもたれかかって座る。
来年から社会人になるというのに、まだ内定は貰えていない。
「全然咲かないじゃないすか、この桜」
僕は、足元に突き刺さっている、小さな枝に向かって言う。
ここは、この街で一番大きな公園の外れ、お花見の穴場スポット。
かつての僕は、ここで首を吊ろうと決めていた。
そうしたらここには、誰も寄り付かなくなる。
この世に恨みしかなかった僕が、最後にできる復讐だと思っていたのだ。
「……やっぱり、どっかで適当に拾ってきたゴミだったんすね」
言うと、いきなり一陣の風が吹き、タバコの火が消えた。
思わず、辺りを見回す。
佳乃先輩が、悪戯っぽく笑っている気がした。
「……全く。いつになったら咲くんですか? 佳乃先輩。僕はもう、疲れたんですけど」
ため息を吐き、雲ひとつない青空を見上げる。
ふっ、と口元が綻んでいた。
目の前には、桜の花びらが自由に舞っている。
あぁ、もう。どこからどう見ても、美しくて、やっぱり――
「大嫌いです、先輩」
佳乃先輩は、今日も咲かない。
明日も、これからも。
きっと、ずっと咲かないのだろう。
了
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