佳乃先輩は今日も咲かない。

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 佳乃先輩は、未来人なんじゃないか。  そうなると、現実離れした容姿にも納得がいく。  あまりにも洞察力が長けていて、本気でそう疑わざるを得なかった僕を、佳乃先輩はからりと笑い飛ばした。 「実はこの前、君の日記を読んじゃったのだ!」 「………………。日記?」  僕は平然を装う。  何かの間違いだろう、と信じて。 「『雲ひとつない空が嫌いで、いつまでも降り続く雨が好きだ。眩く照りつける太陽が鬱陶しくて、ほのかな月明かりが安心する。どんなに辛いときにも美しく咲く桜には、劣等感を抱く。 』……うん、良い文章だった」 「うわああああぁぁっっ」  先輩は、僕の書いた日記の一部を、余すことなく暗唱した。  問い詰めると、僕が欠席していたとき、勝手に机のなかを漁ったクラスメイトの男子から見せてもらったらしい。……いや、それも初耳だった。確かに、日記を持って帰るのを忘れてしまったことがあったけど、まさか盗み見られていたなんて。きっと、いつも休み時間に何を書いているのかとか気になり、冷やかそうと思ったのだろう。……本当、教室なんてろくでもない奴しかいないな。  佳乃先輩はどうやら、その男子とイイコトをする代わりに、僕の日記を見たことは内緒にしてくれと頼んだらしい。それから佳乃先輩は、僕の日記を最後まで読むと、また元通りに机のなかに戻した。 「……あの日記を読んで、よく僕に話しかける気になりましたね」  んふふっ、と。佳乃先輩は嬉しそうに頬を染めた。春の陽だまりのなかで咲く花のように、心がぽっと温かくなる笑顔だった。  それから、佳乃先輩は、胸ポケットから小さなメモ帳を取り出す。 「実は私も、日記を書いているんだっ! お詫びに……よかったら読んでくれない?」  上目遣いをして、両手で渡してくる佳乃先輩。  僕はその表情を見て、嫌な予感がした。  目の奥にちっとも光がないのに、子供みたいに物欲しそうにしている。  きっと、この人も僕と同じように、影がある人なのだ。  それでいて、同情を誘っているのだ。  ……面倒くせぇ。
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