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「秋くんに話しかけたのは、やっぱり間違いだったな……」
またあるとき、うだるような暑さのなか、夜の公園で佳乃先輩はそんなことを言う。
「どうしてですか?」
太ももに肘をつけると、薄汚いベンチがギイと音を立てた。
佳乃先輩は桜色に染まった手で、目深にかぶっていた帽子をさらに下げる。
「……秋くんは、私のことを軽く扱ってくれないから。すっごい重くて、うっとうしいから」
思わず、僕は頬を緩めた。
「……先輩。いつから天邪鬼になったんですか?」
佳乃先輩は、僕の肩に頭を預けてきて、「ばか……」とだけ言って鼻をすすった。
全然、重さなんて感じなかった。
「先輩は、軽いです。桜のように、すぐに散ってしまいそうです。だから、僕が大事にしないと、先輩は――」
涙が溢れて、とまらなかった。
先輩の前で泣くなんて、あり得ない。
本当に泣きたいのは、先輩の方なのに。
「……秋くんのばか。私のことなんて、どうでもいいって、あしらってくれたら良かったのに。秋くんが大事にしてくるから、私……死ぬの、どんどん怖くなっていっちゃう」
桜色の手を、ぎゅうっと握りしめた。
ねぇ、先輩。
僕にできることは、まだありますよね?
「先輩は、僕の日記を読んで、興味を持ったんですよね? だったら、今からしっかり、証明してみせます。僕に声をかけたのは、正解だったと」
立ち上がると、佳乃先輩の手を引き、歩き出した。
まだ、大丈夫。
先輩には、僕がいる。
「……秋くん?」
「先輩。実は、とっておきの死に場所があるんです」
ずっと、僕は死にたくてしょうがなかった。
あの日記は、他でもない――自殺願望を書き連ねた、遺書だったのだから。
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