風俗に関する記述

1/3
前へ
/14ページ
次へ

風俗に関する記述

男子無大小皆黥面文身。自古以来、其使詣中国、皆自称大夫。夏后少康之子封於会稽、断髮文身以避蛟龍之害。今倭水人好沈没捕魚蛤、文身亦以厭大魚水禽。後稍以為飾、諸国文身各異、或左或右、或大或小、尊卑有差。計其道里、当在会稽・東冶之東。 「男性は大きさに関わらず、顔と体に入墨を施す。古来、中国に使者を派遣する際、彼らは皆大夫と自称した。夏の後裔・少康の子が会稽に封じられた際、龍や大きな魚から身を守るため、髪を切り、入墨を施したとされる。今では、倭の水上人たちは、ダイバーとして魚や貝を採取するために潜り、入墨をすることで大きな魚や水鳥を避ける。後には装飾として行われ、各国で異なる入墨文様があり、左右や大きさ、身分によっても差がある。道程を測ると、会稽や東冶の東に位置すると推定される。」 其風俗不淫、男子皆露紒、以木棉招頭。其衣横幅、但結束相連、略無縫。婦人被髮屈紒、作衣如単被、穿其中央貫頭衣之。 種禾稲、紵麻、蚕桑緝績。出細紵、縑緜。其地無牛馬虎豹羊鵲。兵用矛、楯、木弓。木弓短下長上、竹箭或鉄鏃或骨鏃。所有無與儋耳・朱崖同。 倭地温暖、冬夏食生菜。皆徒跣。 有屋室、父母兄弟臥息異処。 以朱丹塗其身体、如中国用粉也。 食飲用籩豆、手食。 其死有棺無槨、封土作冢。始死停喪十余日、当時不食肉、喪主哭泣、他人就歌舞飲酒。已葬、挙家詣水中澡浴、以如練沐。 「この地の風習は淫らでなく、男性は全員裸体で、木綿で頭を覆います。服は横幅で、ただ結びつけただけで、縫い目はほとんどありません。女性は髪を束ね、単衣のような服を着、その中央に頭を通して着ます。 米や麻、蚕や桑を栽培し、細い綿や絹を出します。この地には牛や馬、虎や豹、羊やカササギはいません。戦争で使用するのは槍や盾、木製の弓です。木製の弓は下が短く、上が長く、竹製の矢は鉄製の先端か骨製の先端がついています。この地は儋耳や朱崖とは違います。 この地の気候は暖かく、冬も夏も生野菜を食べます。みんな素足です。家には部屋があり、父母や兄弟は別の部屋で寝ます。 中国で粉を使うように、この地では朱色の塗料で体を塗ります。食べ物は籩に入れた豆、手で食べます。 死者は棺がありますが、棺桶はありません。土で塚を作り、死後10日ほど悲しみます。その間、肉は食べませんが、喪主は泣いて、他の人たちは歌ったり踊ったり酒を飲んだりします。葬式が終わると、家族は水に向かって浴び、それがまるでリンリンとした沐浴のようです。」
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加