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「はい、皆さん、見えますでしょうか」  オフィスの奥から声が聞こえた。リモート会議をする部長の声だった。 「えー、ではこれから、本日の会議を始めます……」  畏まった口調で、大事そうな話が始まった。かと思うと、だっはっはっは、と太い声がデスクを振動させた。閻魔大王のようだと、本物を見たことのない存在に思いを馳せてしまうほど、彼の笑い声は凄まじかった。  俺は片方の耳に受話器を押し当てているのだが、反対側から無理やり流れてくる部長の喋りが電話を妨害する。これでは電話の相手に意識を向け続けるのが困難だ。  周りの先輩たちも部長のほうをちらちらと見ては互いに顔を見合わせる。  部長の真向かいや隣りの席の人たちは、パーテーションをひと際高く設置していた。  閻魔大王の太い声に反応するように、受話器の相手がふっと息を漏らすのがわかる。聞こえているのだろう。この様子では、近所でリモート会議や電話をしている人たちほぼ全員の元へ声が漏れているのではなかろうか。  受話器を置くと、それを待っていたかのように「あの、すみません」と誰かが声をかけてきた。振り向くと、新人の寺井(てらい)くんが立っていた。 「これで問題ないか、見ていただきたいのですが……」  紙の束を見せてきた。どれどれ、と紙面に目を滑らせている間にも、閻魔大王の、いや部長の声が振動と共に襲ってくる。 「部長の声、本当うるさいよね」  後輩を誘うように笑いかけると、相手もはははと息を漏らした。  俺はぱらぱらと紙をめくって頷く。相変わらず、書き込まれたメモの字まで一つ一つが丁寧だ。 「はい、これで問題ない、むしろ完璧」  そう言って彼に紙の束を差し出した。 「ありがとうございます」  一礼して戻ろうとする彼を「あ、そうそう」と引き止めた。 「寺井くんも今度飲みにいこうよ。義田と二人で話してたんだ」 「義田さん、ですか」  寺井くんは一瞬目を見開き、紙の束を両手でぎゅっと抱えた。眉尻を下げ、高速でまばたきをした。  あれ、この表情は。  首をかしげる間もなく、彼はすぐに「いいですね。行きたいです」と微笑んだ。
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