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朝から空には雲が垂れこめていた。ひと雨来そうである。
おはようございます、と挨拶しながら、扉をくぐる。白い壁に、白い明かり。ホワイトボードと、グレーのデスク。
代わり映えのない光景と共に、今日も始まる。ただ、いつもより幾分か静かな気がした。始業のチャイムが鳴ると同時に、ホワイトボードの周りに皆が集まり、朝礼が始まった。
部長へ目を遣ると、いつもは頬の肉をぷっくりと持ち上げて微笑んでいる彼が、無表情だった。そこで俺は気づいた。静かな気がしたのは、彼が無言だったからだ。朝礼が始まる直前まで課長や先輩たちと喋っている彼が、今日は口を閉ざしている。
そんな彼は輪の中心に移動すると「本日の朝礼を始めます」と切り出した。文言はいつも通りだが、やはり彼に表情がない。それどころか眉尻が下がっているようにさえ見える。
「今日は大事な話がありまして」
重々しく前置きをした。
「世間一般に『飲み会には参加したくないが、周りが皆参加しているため断りづらい』という事例が多々あることを踏まえ、部署全体での飲み会は、次で最後にすることになりました」
ああ、そういうことか。俺は顎に手を当てた。
部長の声にはいつもより覇気がなかった。
彼が心の底から飲み会を楽しんでいたのは明らかだった。彼と同様、課長や中高年の人たちも、うなだれているように見えた。俺と年の近い先輩や後輩は、目を見開いたり、暇そうに組んだ手をいじったりしていた。義田はしたり顔のような嬉しそうな表情で両手を後ろに組んでいた。
飲み会が面倒であるのは確かにそうだが、なぜ今更なくなるのだろうか。誰かが上層部に働きかけたのだろうか。
「それでは朝礼を終わります。本日もよろしくお願いします」
部長の挨拶と共に、それぞれが持ち場へ入る。
俺は顔を上げた。それでも足はすぐには動かなかった。散っていく人たちに取り残されて、オフィス内の空間をじっと見つめた。なぜ、何事もなかったかのように仕事に入れるのか──そんな疑問が浮かび、自分でもはっとする。
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