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 視線を戻すと、その場に残っていた部長と目が合った。咄嗟にビジネスマンの仮面を被る。 「飲み会、次で最後なんですね」  思いのほか声が上ずった。どう言葉を続ければいいのかわからなくなった。このまま「寂しいですね」などと続けても不自然極まりない。キーボードをカタカタと打つ音やマウスをカチカチ鳴らす音が重なって響く。誰かがブラインドを開けた音がサーッと鳴った。 「実を言うと」  部長が誰に宛てるともなく口を開いた。瞬時に意識が引き寄せられる。 「僕も新人の頃は、先輩や上司との飲み会に気が乗らなかった。しかし今となっては、若い人たちと自由に語り合える場が楽しみでしょうがない。そんなことを思う僕は、面倒な上司……なんだろうなあ」  ぽりぽりと頭を掻いた。後退した生え際に目がいく。  ──ただでさえあの人めんどくさいのに。  義田の嘆きが蘇った。 「君も、僕のような立場になったときには、僕と同じことを思うようになるんじゃないかな」  なんてね、と苦笑する彼の目に、唇を噛んだ。若いときの苦労を忘れてなるものか。会社の古雑巾に成り下がったオジサンたちと一緒にはなりたくないし、なるつもりもない。それに「君も僕と同じだ」などと言われたら、断りにくいじゃないか。  俺の目の前にいるのは、煩くて、すぐに他人のことに首を突っ込もうとする、面倒なオジサンのはずだった。  ただ、いくら彼を扱き下ろしても、ひりひりと痛むような感覚が微かにあった。辻褄の合わない小説を読んでいるような、そんな感覚だ。  寺井くんが一瞬だけ見せた戸惑いの表情が、ちらついた。  閻魔のようだと罵ってきた存在と、俺も同じことをしようとしていたのだろうか。  こちらが壁をつくったとしても、向こうからはその壁は見えない。見えなければ無いも同然だ。壁に隠れて距離を置こうとしても、相手はぐんぐん近づいてくる。それはまるで、マジックミラーのようだった。
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