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記憶が呼び起こされ、自分の想定と実際がずれていたことが判ってわたわたと狼狽し始める烈を、蒼矢は変わらず静かに見つめていた。
「あれは、嘘だったのか? ただの一時の感情で触れてきたのか?」
「! っ違う!! あいや、勢いでってか、雰囲気でついやっちまったのは間違いない…。それはまじで謝る、ごめんっ…、でもっ…」
「でも?」
「…嘘じゃない。誓っても、俺の気持ちは嘘なんかじゃない」
烈は顔を真っ赤にし、拳を硬く握りしめる。
「蒼矢が好きだ。友達でも、幼馴染でもない、…愛しい人として」
声を震わせながら告白し、懸命な視線を投げていた烈はそれ以上蒼矢を直視出来なくなり、ぎゅっと目を瞑りながら顔を伏せた。
その仕草を黙って見守っていた蒼矢は、小さく唇を動かす。
「…良かった。やっと安心した」
深く眉を寄せていた烈の目が、薄く開く。
「…ずっともやもやしてたんだ。あの時以降も、お前の態度が何も変わらなかったから。期待していいのかなって思いかけたのに、仕草も距離も全然変化が感じられなくて、じゃああれは何だったんだって、ひとりで勝手に不満に思ってた」
烈が呆けた面持ちで顔を上げると、蒼矢はいつも通りの理知的な面差しで、まっすぐ見つめていた。
「でもそこから、きっと烈は俺と同じように考えてるんだと思おうとしたんだ。気持ちがあるのかもしれないけど、踏み込んでくる気までは無いんだろうって」
「…」
「出会った時から今までと、これからも関係は変えない…"幼馴染"っていう枠を越えるつもりはないんだろう、って。…俺が何年もそうだったように」
「…蒼…矢…?」
烈は静かに語る蒼矢を見返し、か細く声を漏らす。
「不安だったのは、俺も同じだよ」
少しずつ見開かれていく一重の瞳へ、蒼矢は薄い色の瞳を細めてみせた。
「…俺は、ずっと待ってたよ。お前を」
蒼矢は眼鏡を外し、ソファへ落とす。
そして烈の肩に両腕を回してみずから身体を寄せ、唇を重ねた。
表面だけの優しい口づけはすぐに離れ、時が止まったように硬直する烈を、蒼矢は微かに頬を染めながら見上げていた。
「…烈?」
「……ごめん、ちょっと頭が追いつかなくて…えっと、つまり」
「俺に何か言うことは無いの?」
目元を緩めた艶っぽい微笑に、烈の顔面は急速に紅くなっていく。
「っ…!」
烈は高揚する自我を一旦リセットするように再び目を瞑り、大きく息を吸い込む。
表情を戻すと、密着したままこちらの反応を待つ蒼矢を見返し、彼の腰を抱き寄せた。
「…待たせて悪かった」
その言葉と真剣な眼差しを受け止めた蒼矢は薄く頷き返すと、瞳に僅かな鋭さを帯びる。
「…もう、元には戻れないぞ。いいんだな?」
「…自分の気持ちに気付いた時から、覚悟は出来てる」
「確かに"覚悟"だな。…きっと前途多難だ」
そう言葉を交わしたふたりは、一層身体を寄せ合い、もう一度唇を重ねた。
――終――
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