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蒼矢の体調に配慮し、影斗はバイクを置いてタクシーを使い、蝶の姿の鱗の案内で目的地へ向かう。
「――すみません、出来る限り飛ばして下さい」
「緊急ですか? かしこまりました」
タクシードライバーへそう依頼すると、蒼矢は焦燥滲む面持ちで視線を手元へ落とす。
その横顔を見守りながら、影斗はタクシーを捕まえるまでに彼と交わした会話を思い出していた。
「起動装置が発光した時――つまり[木蔦]が邪念を表に出した時、その瞬間を押さえて『転異空間』へ[奴]を送らなければ…烈はほぼ間違いなく[異界]送りにされる」
「…『セイバー』だけで[異界]に行く術は無ぇからな…」
「手遅れにならないよう、絶対に間に合わせないと…、…っ…」
その続きを口にする覚悟が出来ていないのか、タクシーが来るまでの間、蒼矢はそれきり沈黙していた。
彼の危惧に反論も意見も言える余地は無く、影斗は同じように黙ったまま、彼の肩を抱いていた。
「…」
…胸糞悪ぃことこの上無ぇが、今は祈るしかねぇな。神ならぬ、[侵略者]に…
影斗は、柄にもなくそんなことを内で考えていた。
タクシーに揺られているその僅か十数分が、途方もなく長い時間に感じられていた。
やがて、ふたりが乗り込んだタクシーは目的地の低層マンション前へ着く。
あらかじめSNSで連絡を取り合っていた葉月と陽も、先んじて現地へ到着していて、マンション入口から距離を空け、人通りまばらな道路路肩にミニバンを停めて待機していた。
タクシーから降りてミニバンへ素早く向かい、助手席へ滑り込んだ影斗は開口一番、運転席の葉月へ詰めた。
「反応は?」
「まだ何も。知らせを受けてからここへ辿り着いて今までの間に変化は無いから、安心して」
葉月は後部座席に乗った蒼矢へも伝わるように返し、柔らかく笑んだ。
彼の笑顔に頷きながらも緊張を拭えない蒼矢は、窓から外の景色を眺める。
「…ここは?」
「[木蔦]の人間の肩書である、「柄方」の居宅です」
蒼矢のその問いに対して誰も答えられないと思われた中、誰の口元でもないところから声が聞こえた。
陽は車内の顔触れを見回す。
「…ん? 誰だ、今しゃべったの」
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