第20話_手荒いモーニングコール

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「っ…!!!」 横っ面に強い衝撃を喰らったように感じ、(レツ)は跳ね起きる。 目を白黒させながら辺りを見回し、半目のまま少しずつ自分の置かれた状況を把握していく。 「っ! っ…!!」 足はばたつかせられるものの、首から下の上半身はぴくりとも動かせない。 胸元へ視線を向けると、肩口から太股上部までを腕ごと蔦のような緑の縄でぐるぐる巻きにされていて、慌てて更に視線を少し先へ動かすと、同じような蔦に網目状に360度ぐるりと覆われ、さながら鳥籠に入れられているような状況だと把握出来た。 網目の籠より向こうには淀む緑の空間が広がり、自分の他には何も存在しない。 意識を失っていた間に見た彼――黒い蝶は姿を消していて、夢か現かも定かではなくなっていた。 意識を取り戻した瞬間に解らないことばかりだったが、ひとつの事実だけは、烈の中で確信が持てていた。 …間違いなく、ここは『現実世界』じゃねぇ。 …運が良ければ『転異空間』、悪ければ[異界]だ…!! 首を伸ばして足先を見るとジーンズを履いているのが見え、変身前(・・・)だということがわかった。 自分の機運が最凶でないことを祈りながら、烈は蔦の中に埋まる腕に力を込め、位置をずらそうと試みる。 「っ…、…っくうぅ…!」 かろうじて動く足をもがき、幾重に巻かれた蔦によってかちこちに固められた上半身をよじり、少しずつ中で腕を動かしていく。 蔦の表皮と擦れて、位置をずらす度に生身の腕が悲鳴をあげた。 「ぬ゛ううううぅ…!!」 歯を食いしばり、顔を真っ赤にし、烈は危険を訴える痛覚を忘れ、全力を腕へ込めていく。 気が遠くなりそうな激痛の先に目指すのは、みずからの右の尻ポケットだった。 今の彼にとっては死角であり肉眼では確認出来なかったが、じりじりと指先を伸ばしていくポケットの中には、彼の半身とも言える炎色の紅い鉱石が静かに眠っていた。 酒屋の若き店主として日々働いている烈は、勤務中大半の時間を配達や仕入、積込、品出しなどの肉体労働に追われている。 『セイバーズ』の一員として、変身の要であるペンダント『起動装置』は勿論肌身離さず携帯しているものの、荷物を抱えたり前屈みになったりと、上半身を大きく動かす作業が多く、首元にアクセサリーがぶら下がっていると非常に邪魔である。 よって勤務中に限っては、起動装置は首から外し、ベルトチェーンに吊るしてズボンの尻ポケットへ収めるようにしていた。 これが、烈が『セイバー』だということを[木蔦(ヘデラ)]に悟られなかった理由だった。 蔦の束に血液が伝い、滴り、下へ広がる先の見えない空間へ吸い込まれていく。 「ぐぬう゛ううぅぅぅ~…!!!」 食いしばる歯を露出し、こめかみに血管を浮き立たせ、烈は血に塗れる腕を、赤く染まる指先を、"目標"へと動かし続けた。
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