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第22話_来世へ羽ばたく蝶
「――僕なら、[木蔦]を止められます」
「…!」
他セイバーたちと並び、険しい表情で空中を見上げていたその耳元でふと翅が羽ばたく音が聞こえ、影斗は黙ったまま目を見開いた。
一匹の小さな黒い蝶が彼の耳の横からつぅと移動し、オニキスの視界に入る。
「…鱗」
「僕に任せて下さい」
小さな複眼をまっすぐ向けてくる鱗に、オニキスは僅かに眉を顰め、静かに見返した。
「…何するつもりだ?」
鱗はその問いかけには答えないまま、言葉を紡ぎ始めた。
「…本当は、実体から切り離されて意識だけで漂い始めた時から、全てを諦めてました。人間にも[異界のもの]にも戻れないのに、なんであのまま消し去らせてくれなかったんだろうって、自分の運命を恨みました」
「……それが、お前が犯した罪の重さなんじゃねぇのか」
「きっとそうですね。先輩と再会して一緒に過ごすことを許された時も、今際のきわのひと時の幸せだとしか感じなかった。でもそこから先…先輩に仕事を頼まれたことで、自分の犯した過ちにやっと気付くことが出来ました。…先輩は僕を赦してはいないでしょうけど、それでも僕は、奈落へ墜ちた自分自身とようやく向き合うことが出来たんです」
「…」
「誰かに必要とされることがこんなに幸せなことだったなんて、知らなかった。…知った瞬間に、このまま消えていきたくないって、この世にこんなに未練がましくなるなんて…思わなかったな」
蝶の躰から、ぼんやりと鱗が現れる。
人の姿を成した彼は、数日前再会した時と比べ一段と霞のように希薄になり、空気中にかろうじて形を保っているようだった。
消え入りそうな鱗の微笑みを、オニキス――影斗は確かに捉え、受け止めた。
「…そろそろ本当にお別れです」
「…おう」
「これまでの数日間、傍に置いて下さって、ありがとうございました」
「こっちこそ、お前には助けられたぜ。お前がいなかったら間違いなく犠牲が広がってた。お前のお蔭で、『現実世界』側の被害は最小限に抑えることが出来たと思ってる。…ありがとな」
影斗にそう言葉を掛けられ、鱗は少し目を見張ると、嬉しそうに頬を染めた。
「…今まで心から喜んだり、嬉しいと感じたことが無い人生でしたが、影斗先輩のお蔭で人間らしい感情に触れることが出来ました。…これで、なにも思い遺すことなく逝けそうです」
「…そっか」
「最期に貴方のお役に立てて、幸せでした。…また会えると嬉しいな」
鱗はオニキスの肩に触れ、頬に唇を寄せる。
風が触れたような気配は瞬きの間に消え、蝶が上空へと舞い上がっていく。
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