第22話_来世へ羽ばたく蝶

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[木蔦(ヘデラ)]を懸命に追走し続ける(サルファー)の横を小さな黒い点が通り、即座に彼を抜き去ってく。 「っ!? なっ…」 リアクションを取る間も無く追い抜かれ、虚を突かれたサルファーは思わず空中で停止する。 呆けた面を晒す彼にその後ろ姿を見送られながら、黒い蝶は白い球体へみるみる迫り、その前方へ躍り出た。 [木蔦(ヘデラ)]の思念体は、眼前に立ち塞がった蝶――(リン)を見、その気配をざわつかせた。 「! …貴様…」 「お前は『転異空間(ここ)』で終わりだ」 「…ふん…[異形崩れ]が。意識体だけ痕された能無しのお前に何が出来る?」 小さなその躰を飲み込もうという気迫で凄む[木蔦(ヘデラ)]へ、鱗は感情を消し去った口調を返す。 「今はこの()の躰がある。何も無い素っ裸なお前よりましだ」 「…ならばその躰を奪って、お前を喰らってやるまで。[異界のもの(俺たち)]に魂を売っていながら、あろうことか『守護者』に肩入れして[俺]の行動を盗み見るとはな…半端者の分際で、小賢しい真似をしてくれたものよ。低俗なお前に相応しい最期をくれてやる」 「…やってみろ」 そう呟くと、鱗は小さな躰を震わせた。 直後、白い空間が刹那にして暗黒に変わる。 「……!!」 離れた地点に止まっていたサルファー、また地上から彼らの動向を追っていたセイバーたちの目が見開かれ、身体を硬直させたまま上空を凝視した。 突如空間一帯を闇に変えた影は、翅を広げた巨大な蝶だった。 『転異空間』の宙を覆い尽くす蝶は、暗がりの中に発光する[木蔦(ヘデラ)]の思念体を浮きあがらせる。 「喰らうのは、僕だ」 たなびく黒瑠璃の翅に、白金に輝く四つの(ジャ)の目が開眼し、もはや極小の点となった[木蔦(ヘデラ)]を見下ろす。 ついで、翅をひと振りすると躰の前へ畳み、発光体を覆い尽くし、飲み込んでいく。 「…ア゛ア゛ァァァァ……」 [木蔦(ヘデラ)]の長い断末魔が少しずつか細くなっていき、気配と共に消滅した。 セイバーたちが見守る中、巨大な蝶は再び翅を広げる。 そして蛇の目を閉じて元の黒瑠璃へと戻ると、翅の先端から少しずつ霧に変えていく。 蝶はゆっくりと躰を空間に散らし、やがてその姿の全てを消し去っていった。 「……」 セイバーたちは無言のまま、その光景を最期まで見届けた。 『転異空間』のすべての[脅威]が消え去った。 蒼矢(アズライト)は強張った面持ちでオニキスへと振り向いた。 「……彼…は」 「あいつは、此処を最期と決めてたらしい。…俺と再会した時点で、消えかけてたんだ」 「……」 同じようにオニキスへ、(ロードナイト)葉月(エピドート)が複雑な表情を向ける中、オニキスは彼らへにやりと笑い返した。 「気にすんな、あいつが出来る精一杯の罪滅ぼしだと思ってやればいい。別れ際は笑顔だった…悔いは無ぇだろうよ」 彼の言葉を受け、セイバーたちは再び宙を見上げる。 鱗の姿が消えて明るさを取り戻し、『転異空間』はその役目を終え、何事も無かったように『現実世界』へと溶けていく。 それぞれが無言のまま帰還を受け入れていく中、オニキス(影斗)はひとり空間の上空を仰ぎ、小さく呟いた。 「……またな」
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