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最終話_変わりゆく絆
[木蔦]との再戦から数日後の朝、蒼矢は開店前の花房酒店を訪れた。
シャッターが半開き、少しだけ開く正面のガラス引き戸から中を覗き込もうとすると、前もって連絡を貰っていた烈がタイミング良く顔を出した。
「よぉ」
ふたりが面と向かい合うのは再戦を終えた日以来で、少しはにかんだ笑顔を見せる烈へ、蒼矢も躊躇いがちの笑みを返す。
「…うん。やっぱ蒼矢はアポあった方がしっくりくるわ」
「? なんのこと?」
「いや、こっちの都合。ちょっと待ってろ、取り置いてたやつ持ってくるから」
首を傾げる蒼矢へ適当に濁して自己完結させると、烈は奥へ引っ込み、すぐに袋を手に戻ってくる。
「はいこれ。お前が好きそうな"和風"にしといた」
「ありがとう」
いつぞやの約束のドレッシングを受け取ると、蒼矢は烈の手にお金を置く。
代金をポケットへ収めた烈は、袋の中を覗き込む蒼矢の仕草を眺めつつ、口を開いた。
「じゃ、行くか」
「ああ」
烈の声掛けに袋から顔をあげ、蒼矢は目元を緩めてみせた。
ふたりで並んで歩きながら、烈は自分だけが知るその後の経緯を打ち明け始めた。
「――柄方…乗っ取られてた本物の柄方さんは、入院することになったって。ただ、心身の衰弱が酷くて、長引きそうってか、この先退院出来るかどうかも怪しいって話だ」
「…そうか。正確な期間はわからないけど、相当長い間だったんだろうし、体への負担が大きかったんだろうな…」
「うん…聞けた限りだと、廃人みたいになっちまってるらしい」
思念体のみの存在である侵略者[木蔦]は、ひとの身体を乗っ取って『現実世界』に生息していた[異界のもの]だった。
乗っ取られていた「柄方」という人物は実際にバーの店主で、[木蔦]は彼の肩書や交際・ビジネス関係もそのまま利用し、何の違和感も無く元の人物に成り代わって長期間潜伏し、正体を明かさないまま獲物に目をつけては搾取を繰り返していた。
烈との接触を経て蒼矢が偶然にも察知したことで、ようやくセイバーの知るところとなり、苦心の末討伐・その身を開放することが出来たのだが、長時間身体を取って代わられた代償は大きかった。
再戦のあの日、自宅へ戻って以降店へ顔を出さなくなった柄方氏を案じたバーのオーナーが、自宅で倒れていた彼を発見したのはそれから数日後のことだった。
そのまま緊急入院となったが、極度の栄養失調が臓器に異常をきたすほどになっており、かろうじて命は助かったものの、以前の健康状態へ戻れる見込みは無くなってしまっていた。
ほどなくしてバーの店長が替わり経営方針も変わったため、[木蔦]がかけていた発注も改められ、花房酒店への大口注文も必要無しと判断され、キャンセルとなってしまった。
一方で、柄方氏の姿が確認された最後となるその日その場に烈が居たことは、運良く誰の目にも触れられておらず、また酒屋への大量発注も不審がられることなく黙され、不測にも柄方氏にとっての重要人物ともなり得た烈としては、かえって九死に一生を得た心地であった。
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