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#9:古傷
優はお弁当を食べ終わった頃には気分的に少し楽になり、胸を撫で下ろした。午後はドキドキせずに過ごせるだろうかと不安に襲われたが、大丈夫と自分に言い聞かせた。
優が教室へ戻った時には、春人とクラスメイト達も帰ってきており、教室の後ろで楽しそうに談笑していた。春人は優が席に戻ったのを見て、嬉しそうに駆け寄った。
「なぁなぁ、ここの学食は旨いんだな! 今度、一緒に食べようぜ! 皆で食べれば、絶対に旨いぜ」
「あ、うん。……そうだね、今度行こうかな」
「ん? 優、なんか体調悪いのか?」
「いや、大丈夫。ちょっと眠いだけだから、気にしないで」
「そっか。それでな、さっきあいつらと話してたらさ――」
春人はクラスメイトから聞いた話を嬉しそうに喋った。優は相槌をしたりしたが、話の内容は全くもって興味が無かった。午後の授業も午前中と同じように春人は優に絡んだが、優の元気の無さに悪戯するのを徐々にやめた。
授業が終わり、一段落したところで先生に言われた通り、春人に校内を案内して回った。春人は優の後ろをついていき、先生に渡されたパンフレットを見ながら、優の説明を真剣に聞いていた。しかし、時折冷めた表情をする優の姿がどうしても気になった。
「あのさ、元気ないんなら、適当に見て回るから、無理すんなよ」
「――え? そんな事ないよ。 ごめん」
「すぐ謝んなよ。なんか急に元気無くなっちゃってさ。俺がふざけ過ぎたせいか?」
「違うよ。気を悪くしたなら、謝るよ」
「なんだよ、そうやってすぐ謝って……。やっぱり、俺、帰ってくるんじゃなかったかなぁ」
「っ! 違う! そういうのじゃなくて! ――えっ」
優が否定しようと振り返ると、春人が思いのほか至近距離にいて、思わず驚き後ずさった。優は足がもつれ、壁に体をぶつけた。そして、優に覆い被さる様に春人が壁に手をついて、優を逃がさないようにした。春人がじろじろと自分の顔を見てくるのが分かり、恥ずかしくて、咄嗟に両腕で顔を隠した。
「なんで顔を隠すんだよ」
「なんでって……。春人がじろじろ見てくるからだろ!」
「そりゃ、好きな奴の顔くらい、一秒でも長く見ていたいよ」
「――な、な、何言って! ばっかじゃないの!」
優が両腕で春人を払いのけようとするが、春人の方が力が強く、片手で両腕を掴まれ、壁に押し当てられる。春人は優の眼鏡を外し、そのまま前髪を手ですくい上げた。優は春人の香りが少しずつ近くなってくるのが分かった。優は耳まで熱くなり、あまりにも恥ずかしくて、力いっぱいに春人を突き放した。そして、優は春人から眼鏡を奪い返し、前髪を手で何度も直した。
「なんだよ、急に……。本当に馬鹿なんじゃないの?」
「悪かったって。そんな怒るなよ。あ、そう言えば、昼にお前の話をクラスの奴らとしたんだけどさ、皆、急に黙り込んでさ、めちゃくちゃ気まずい空気になった。昔はそうでも無かったろ? それなりに友達いたと思うけど」
「昔は昔、今は今。友達なんて別にいなくても……いいじゃん」
優は不貞腐れたようにそっぽを向き、廊下を進んだ。春人は聞く耳を持たずに歩いていく優を追いかけ、腕を掴んだ。優は振り解こうとしたが、先程よりも強い力で春人が掴んできて、少し痛みを感じた。
「なぁ、お前。一ノ瀬って奴と仲良いの? クラスの女子が言ってた」
「え、なんで? ってか、痛いから、離してよ」
「いや、クラスの子から一ノ瀬と優がいつも一緒にいて、なんだか怪しいよねって言ってたからさ」
「……は? 何それ」
「怒らなくてもいいだろ。ただ気になっただけだよ」
「なんでわざわざ春人に僕の交友関係を言わなきゃいけないの? ……そういうの、正直ウザい」
「そんな言い方しなくてもいいだろ!」
「もう離してよ! 僕の事を知って、何になるって言うの!」
二人の怒声が誰もいない廊下に響き渡る。優は足を止め、俯いたまま黙っていた。春人は掴んでいた優の手を離した。少しの沈黙の後、春人が声を掛けようと優の肩に手をかけた。自分の方へ振り返ったと思ったら、優が涙を流していたのに、春人はハッとした。
「ごめん、言い過ぎた」
「…………大体さ、サプライズとか意味分かんないし、こっちはどれほど心配してたか……春人には分かる? それで、帰って来たかと思ったら、僕の交友関係聞いてきて、しょうもない噂を本人に直接聞いてきてさ。デリカシー無さ過ぎだよ! 春人のそういうとこ、本当に変わらないよね! 昔もそういう噂をすぐ鵜呑みにして、僕の友達を傷付けたよね? もう放っておいてよ! 僕の心をぐちゃぐちゃにしないでよ!」
「あの時は申し訳ないと思ってる。でも、なんでそんな酷い言い方すんだよ」
「あとさ、こっちは大人しく地味に高校生活を過ごしたいのにさ、急に帰って来たと思ったら、僕がいないとこで僕の話をクラスの子と話すしさ……。何がしたい訳?」
「それはお前が少しでもクラスの奴らと仲良く――」
「そういうのをお節介って言うんだよ。もうさ、やめてよ。どーせまたぐちゃぐちゃにして、どっか行くんでしょ! もう耐えられない!」
「違う、俺はもう――」
「好きになるんじゃなかった! 春人なんか大っ嫌い!」
「って、おい! 優、話聞けって!」
優は制服の袖で涙を拭きながら、走り去っていた。優がそんな思いをしていただなんて信じられなかった。春人は追いかけたい気持ちがあったが、何故か足が前に出なかった。
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