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#2:笑顔
幼い頃、隣の家に引っ越してきた家族がいた。親同士はすぐ意気投合し、お互いの家を行き来する程に仲が良かった。
優はいつも親の後ろに隠れ、親達の会話をアホみたいに無邪気な笑顔で聞いている男の子の様子を窺っていた。
(……すごいこっちを見てる。お友達になれるかな? でも、怖くて自分から話しかけられない)
優が親の後ろでモジモジしていると、その男の子は優の腕をいきなり掴み、自分の部屋へ案内した。優が入った部屋はおもちゃ箱をひっくり返したような乱雑とした部屋だった。
男の子は優の強張った顔を見るなり、安心させるためにニカッと笑った。
「俺、小向井 春人って言うんだ! 春人って呼んでくれ」
「……ぼ、僕は朝比奈優。よ……よろしく」
「じゃあ、優って呼ぶな。一緒に遊ぼうぜ!」
春人の無邪気な笑顔とマシンガントークに圧倒され、最初は怖くて逃げ出したくなったが、春人の無邪気さと温もり、そして、彼自身が持っている魅力に徐々に惹かれていった。
小学生の頃はいつも一緒に登校し、放課後は優の習い事の一つであるピアノの日以外は、公園で砂遊びやジャングルジムに登ったり、夕日が沈むまで遊んだ。
そんな楽しい日々が続くと思っていたが、ある日、面倒な事が起きた。
「おい、そこのお前! ここは俺達の遊び場だ。勝手に遊ぶな」
「……え、でも、公園は皆で楽しく遊ぶ場所じゃないの?」
「なんだ、お前。俺に喧嘩売るのか!」
「や、やめてよ!」
優がブランコに座って、本を読んでいると、自分より年上であろう男の子達に囲まれ、ガキ大将に胸倉を掴まれ、ブランコから振り落とされた。優は怖くて、大事な本を守りながら、縮こまるしか出来なかった。優がシクシクと泣いていると、春人が優を庇う様に、颯爽と現れた。
「弱い者いじめして楽しいのか! ここは皆の公園だぞ!」
「なんだお前! 急に出てきやがって!」
春人の覇気に取り巻きの男の子達は後ずさりしていたが、ガキ大将だけが春人に食ってかかった。お互いに髪や服を引っ張り合い、泥だらけになりながら、やり合っていた。
優はただ見る事しか出来ず、怯えていた。数分間の死闘の末、春人のしぶとさにガキ大将も息を切らし、舌打ちをし、仲間とともに公園を去っていった。
「いててて……。優、もう大丈夫だぞ」
「うぅ……。春人、助けてくれてありがとう」
「怖かったな。ごめんな、すぐ駆けつけられなくて」
「……ううん、ごめんね」
ガキ大将達が去ったのを見届けると、春人はすぐさま優の元へ駆け寄り、頭を撫でてくれた。頭を撫でる春人の手は優しくて、温かった。泥まみれで血を出している春人の姿に優の心はズキズキして、いつの間にか涙が零れていた。春人は優を安心させようと微笑みながら、優の服についた砂を丁寧に掃った。
「何があっても俺が守る! 約束だ!」
「……本当?」
「あぁ、もちろん。だから、俺はもっと強くならないと!」
「と、とりあえず、泥だらけだから、お家帰ろう」
二人は各々の家へ帰った。春人は家に帰るなり、母親に怒られ、優は母親を上手く誤魔化した。春人は母親から逃げるように、優の家へ遊びに来た。
「母ちゃんに怒られちゃった。優は大丈夫だったか?」
「うん、なんとか誤魔化した」
「そうだ! 優が持ってる本の続きを聞かせてよ」
「うん、まだ途中までしか訳せてないけど、一緒に読もう」
優が小さい頃に春人の父親からプレゼントされた古書のラブロマンス小説を春人と寝っこりながら、一緒に読んだ。本は英語で書かれており、優は時間のある時に英和辞書で丁寧に調べ、日本語訳にしたものを本に書き足している。
「なぁ、この大きな剣を持った奴って俺に似てないか?」
「赤髪の獅子ルイの事?」
「喧嘩強いし、頼りになる男って感じじゃん? 正しく俺の事じゃん!」
「全然違うよ! 春人よりずっとずっと強いし、カッコいいもん」
「なんだとぉ! そんな事を言った優にはくすぐりの刑だ!」
「わぁ! ちょっとやめてよ。……あははははっ!」
優は正直、作中に出てくるルイはどことなく春人に似ているなとは感じていた。ルイが主人公であるシグニス姫と関わっていくうちに、特別な感情を抱いていき、お互いに惹かれ合っていく描写が堪らなく好きだった。いつかこんな風に自分も春人に惹かれていくのかなと思った。
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