コドク

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コドク

「なあ、寒くないの?」  初対面にしては、この言い方は馴れ馴れしすぎたかな?と自分で反省する。俺が声をかけたのは、中学生くらいの体格をした少年だ。彼は、バス停がある訳でもない信号機のそばに、いつもこの時間にいる。基本的に突っ立っていて、たまに三角座りをしたり、辺りを見渡すような仕草をすることもある。しかし、俺と目が合うことは一度もなかった。  時刻はまもなく深夜二時。そう、いつもこの時間だ。 「寒い。」  少年は俺の顔を見上げて、そう言った。声変わりもまだ、といった感じの声に、更に驚く。本当に、どうしてこの子はこんな時間に外を出歩いているんだ? 「はは、そうだよな。えーっと……急に話しかけて、ごめんな。心配でさ。」 「心配、ありがとう、お兄さん。お兄さん、寒い、違う?」  街頭に照らされる色から、黒髪で黒ずくめの少年だと思っていたばかりに、カタコトな口調にはなんだか妙な感じがした。 「お兄さんは大丈夫だよ。コート、貸そうか?」 「お気持ち、だけ。」  すっと手のひらを見せて、彼はそう断る。一瞬見えたその手のひらは、逆光で色はわからないものの、血の香りがした。 「そっか。どこか怪我してる?」 「満遍なく。」 「満遍なく?……大丈夫か?」 「……。」  少年は何も答えない。少し、いやかなり変わった子だ。満遍なく怪我を?……家で虐待をされているのか?だから、いつもこの時間は外に逃げているということか?一度、明るい場所で彼を観察したいけれど……家に連れていったら誘拐になるかな……? 「少し、お兄さんとお話しないか?立ちっぱなしは疲れるし……そうだ、公園にでも行こう。」  少年は黙って頷く。しばらくは川を跨いだ橋と、川に沿った道が続くため、俺は思考を巡らせて話をした。 「君、名前は?」 「忘れた。お兄さんは、何?」 「俺は悠陽(ユウヒ)。ちなみに、名字は河原(カワハラ)。」 「……河、嫌い。ユウヒ。」  呼び名はユウヒで決まったようだ。それにしても、名前を忘れた?言いたくないのかもしれないから、追及はしないでおいた。 「河が嫌いなんだ。どうして?」 「言わない。内緒。」 「そうか……。ところで、なんて呼べばいいかな?」 「ユウヒ、決めて。」 「俺ぇ?」  ネーミングセンス、無いのになぁ……と頭を抱える。幼い頃からだ。犬の名前の候補を挙げれば、すぐさま両親に却下されたし、モンシロチョウの幼虫に「ミドリちゃん」と名前をつければ、結局白くなってしまった。その学びを活かしたつもりで、アゲハチョウの幼虫には「シロくん」と名前をつけてみれば、最終的には黒と黄色の鮮やかな色へと育ってしまったものだ。 「うーん……。じゃあ、ミカヅキ。」 「ミカヅキ?」 「今日は三日月が綺麗だからさ。どうかな?」  三歩後ろを歩く少年を振り返れば、「良い、凄く。」と答えられる。その時、ミカヅキの頬に、ガーゼが貼られていることに気が付いた。絆創膏も。満遍なく怪我をしているというのは、嘘ではないようだった。 「ミカヅキは何歳?」 「もう、数えてない。」 「何歳までは数えていたんだ?」 「十三歳。」 「今もそれくらいに見えるなぁ。」 「うん。」 「誕生日はいつ?」 「忘れた。」 「はは、忘れん坊さんか?何なら覚えてるかな。」 「後で、教える。かも。」 「本当に?そりゃ嬉しいな。」  少しぎこちないながらも、心を開き始めてくれた気がする。ミカヅキが聞かれて嫌なことを聞かないよう、気をつけないと。 「お腹は空いてないか?コンビニのおにぎりくらいならあるけど。」 「気持ちだけ、受け取る。ありがとう。」 「ま、見知らぬオッサンから食べ物なんて貰えないよなー。」 「お腹、空いてない、だけ。」 「そう?気は遣わなくていいからな。」 「気遣い、苦手。空気、読めないし。」  諦めたような、苦しそうな声に、俺は思わず振り返る。 「……ミカヅキが?」 「うん。」 「大丈夫だよ。子供なんて、馬鹿なことやってぐんぐん育つのが仕事なんだから。そういうことは、これから身についていくから大丈夫。」 「……これ、から……。」  とうとう公園に着いた。俺はベンチに座り、ミカヅキにも隣に座るよう促す。 「ユウヒ、幽霊、信じる?」 「幽霊?全く信じてないよ。ミカヅキは?」 「信じたくない。」 「家に怖いお化けでも出るのか?」 「お化けより、醜悪、居る。」 「……ゴキブリのこと?」 「ふふっ、違う。」   ミカヅキは、ふんわりとした笑顔を見せた。男の子だとばかり思っていたが、もしかして女の子か?と考え直してしまうくらい、可愛らしい笑顔だ。 「違うかぁ。俺の家にはね、ゴキブリはいないけどゲジが居る。俺からすれば、アイツこそお化けより怖いね。」 「益虫、良い子。」 「それも頭じゃわかってるんだけど、どうしても怖くならない?こうやって、ノソノソノソッ!ってさ。」  両手をワシャワシャと動かし、ちょっとした脅かしをする。ミカヅキは「ふふふ、そうだね。」と言って、また微笑む。俺はふと、ミカヅキの太ももから下が露出していることに気が付く。先程までは暗くて見えなかったが、今は公園の明かりが煌々と光っている。断られても心が痛いので、俺は何も言わず、ミカヅキの脚にコートをかけた。「わ。」と驚いた顔のミカヅキ。あどけないその声が、また可愛らしい。 「寒そうで、つい。」 「ありがとう、ユウヒ。」  ミカヅキは座ったまま、体を寄せてきた。誰かに見られたら大変そうだなと思いながらも、俺は肩に手を回した。  冷たい。  違和感が急激に高まった。その冷たさは、早春の深夜の寒さだけで出来るものではない。そう思うと同時に、本能的に感じてしまった。  ミカヅキはこの世の者ではない。
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