蠱毒

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蠱毒

「な、なあ、あのさ……いや、本当に失礼だってわかってるんだけど、お化けじゃないよな?」 「お化け、だよ。」  あっさりと認められてしまった。その清々しさには、流石に「幽霊だったのか!」と逆ギレすることも、怯えて逃げることすら出来なかった。だってなにより、一人の子供という意味で、ミカヅキが可愛らしいのだ。……一瞬、別の意味でも可愛いと思ってしまったけれど。 「お化け、嫌い、違う?」 「うーん……よくわかんないけど、ミカヅキのことは好きだよ。」 「ありがとう。」 「えーっと、お化けには詳しくないんだけど……未練があって成仏出来ないのか?」 「うん。」 「そうなんだ。それ、聞いてもいい?」 「いいよ。でもね、死んだ話、聞いて。」  ミカヅキは、俺の肩に軽く頭を乗せて、上目でそう言った。俺が「うん、わかった。」と言うと、ミカヅキがはにかんだのがわかった。 「呪い、知ってる?こどく。」 「こどく?」 「虫がいっぱいに、皿で、蠱。毒は、ポイズン。」 「蠱毒……字面だけで怖いな。内容は?」 「毒の虫、容器、入れる。共食い、させる。」 「……それで呪えるの?」  ミカヅキはフルフルと首を振る。 「残った虫、最強。最強、使う、殺す。」  どうやら、毒のある虫を容器に入れ、共食いさせた結果残った虫を使う呪いのようだ。恐ろしい。 「えーっと……それをされて、死んじゃったのか?」  ミカヅキはまたも首を振った。 「やった、自分。いじめっ子、殺したくて。」 「いじめ……られてたのか。」 「うん。自分、出来ない、何も。だから、呪い、縋った。」 「誰かに相談出来てたか?」 「誰にも。家の人、自分、嫌い。自分、家の人、嫌い。」  ミカヅキは自分の腕を摩った。虐待をされているのではと疑ったが、あながち間違いでもなかったのかもしれない。 「先生、言えない。先生、いじめっ子、好き。」 「……理不尽だな。そういう奴に限って、大人に守られる。この人は味方してくれないだろうなって思ったら、相談しにくいもんな。」  そう言ってやると、ミカヅキはポロポロと涙を流し始めた。俺は思わず、ミカヅキをギュッと抱き締めた。 「ミカヅキは何も悪くなかった。何も知らない、どこの学校の話かも知らない俺が言うのもおかしいけどさ……。ミカヅキは絶対に悪くないよ。仮に原因がミカヅキにあったとしても、いじめていい理由になんかなりっこない。人をいじめていい理由なんて無いから。……誰にも言えなくて、つらかったよな。」  抱き締め返してくるミカヅキの頭を、俺は優しく撫でた。俺の腕の中で、ミカヅキは喘ぎ続ける。落ち着かせようという訳でも泣き疲れるまで泣かせようという訳でもなく、ただただ、安心させるために撫で続けた。 「……呪い、バレた。バレて、全部、食べろ、言われた。それで、食べた、刺された、意識、無くなった。」 「何が何匹くらい居たんだ……?」 「いろいろ、百匹。」 「ひゃっ……百匹も!?大変だったな……って、大変なんて言葉じゃ済まされないけど……。」 「人を呪わば穴二つ。でも、一つもない。」 「え?」 「いじめっ子、死んでない。自分、遺体、見つかってない。行方不明。」 「!?場所は覚えてないのか……?」 「河川敷。自分、居る、信号、下、川。」 「ミカヅキのいた、信号のすぐ下……ってことか?」  ミカヅキは頷く。 「誰かに見つけてほしかった。だから、居た。」 「そう、だったのか……。」 「見つける、くれる?」 「ああ、絶対に見つける。なあ、名前は覚えてないって言ってたけど、学校の名前はどうだ?」 「覚えてる。」  ミカヅキは学校名を教えてくれた。二駅分ほど離れた場所にある学校なので、いじめっ子はバレないように考えたのだろうな……と怒りが湧いてくる。 「今日はもう暗いし、朝になったら探してみるよ。見つけてもらえないのが未練だったなら、明日には成仏出来ると思う。」 「今日、お別れ?」 「かもな。今日、初めて話したけど……今日で最後になるのかも。」  俺が告げると、ミカヅキは俯いた。 「……悲しい。生きている間に、出会いたかった。ユウヒ、良い人だから。」 「……俺も。ミカヅキのこと、助けてあげたかった。」  二人で抱き合った。本当に、小さな小さな体だ。どうして、誰もそれを守ることが出来なかったんだろう。悔しい。でもきっと、ミカヅキは、その悔しさをぶつける(いじめっ子に復讐する)ことは望んでいない。  余計に、胸が苦しくなった。  午前四時三十分。ミカヅキは、そろそろ消えてしまうらしい。 「お時間。寂しい。ユウヒ、お別れ……。」  ミカヅキは俺の胸に、ポスッと頭を置いた。段々服が湿ってくる。……泣いているようだ。俺は頭を撫でる。 「俺も、本当に寂しいよ。でも、ミカヅキに出会えて良かった。死んだ後どうなるかなんて、考えたこともなかったけどさ……(来世)は絶対に、一緒に生きよう。待てるなら、俺の寿命まで待っててほしい。」  言い切った頃には、ミカヅキの体は上半身しか残っておらず、他は消えていた。ミカヅキは俺の両頬に手を添えたかと思うと、キスした。 「絶対、待ってる。約束、キス。……最初で、最後。」 「ああ、約束だ。」 「またね(・・・)、ユウヒ。」  ミカヅキは、あどけなく微笑むのだった。 「……ミカヅキ……またな。」  ミカヅキがいた方向には、まんまるの朝日が昇っていた。ああ、俺は本当に……ネーミングセンスが無い。
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