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「それで、現場の状況は?」綾部が話を戻す。「下から見た限りだと、四肢が切断されてたな」
「はい。つながっていたのは首だけでした。遺体はシーツを被せられ、その上から首にロープを巻かれてパイプハンガーからつり下げられていました。四肢は顔と一緒に布でくるまれています。指紋は削り取られていました。シーツには大量の血液が付着しています。おそらく包まれている遺体のものかと」マンションの方へと歩き出す。しかしすぐに足が止まった。上司がついてきていなかったのだ。振り返る。「ご覧にならないんですか」
「第一発見者だぞ、俺が犯人だったらどうする」首の後ろに手をあてている。
「犯人でしたらすでに遺体は見ていますから、何度見せたところで同じでしょう。それに綾部さんが犯人だって証拠もありませんし、もし見つかったら隣にいてくださった方が捕まえるのが楽なので」
淡々と言ってのける後輩に鼻で笑った。横に並ぶ。歩き出した。
「部屋は荒らされていません。貴重品も残されていました」エレベーターに乗り込む。開くのボタンを押しっぱなしにし、上司が乗り込んだのを確認してから閉まるを押す。続いて三のボタンに触れた。
「強盗の方がマシだったんだが」がしがしと頭をかきむしる。束の間の上昇を経てエレベーターが止まった。ドアが開く。降りる。
「ここに住んでいるのは、東雲願太さんで間違いはありません。大家の女性から確認が取れました。ですが」三〇二号室の前に行くとドアを開けて身を引き、綾部に先を譲る。
「漆間か」小さく手刀を切って先に入っていく。「俺も東雲のタトゥーを知っているからな。あいつの話に裏づけができる。だが、だったら誰な、んだ、これ」
部屋の中央で、パイプハンガーからつり下げられていた遺体が下ろされていた。くるまれていたシーツの上に置かれて、中身が並べられている。綾部はしばらく入り口でたたずみ、言葉を失っていた。両眉が上がっている。相方の説明通り、顔が潰されて真っ赤になっていた。胴体から分離している四肢の先が赤黒くなっている。服はきていなかった。
綾部は目を閉じて手を合わせてから中に入る。眉間にしわが寄っていた。わからないよう潰した、か。かろうじて出た言葉は、ほとんどつぶやきに近かった。部屋の中を一瞥する。
「指紋は出てないのか?」
「探してみましたよ」入り口からの新たな男声に振り返れば、監察官が首をすくめていた。
「けど、期待はしないでくださいよ。出たのは、ドアノブとシーツですから」
「俺と漆間が触ってるな」
「そういうことっす」乾いた笑みを浮かべる。「まあ、今どき丁重に残してくれてる犯人なんていませんもんねえ」
「笑えないな」綾部が部屋を巡回する。「榎本の方はどうなってる。発見者は?」
折宮の方に向く。いつの間にか彼の反対側から腰をかがめて無表情に遺体の様子を観察していたが、さっと顔を上げる。背筋を伸ばし、持ちっぱなしになっていた手帳をもう一度開く。
「榎本とは、早尾さんですか」
「あ? あ、ああ。早尾だったな」
榎本は半年前に結婚している。結婚式の招待状がきていたが、彼はちょうど事件の捜査の真っ最中で、それどころではなかった。
折宮は一度うなずく。手元に目を落とした。
「第一発見者は、早尾さんの夫だと思われます。通報時、妻が殺されていると言っていたそうなので。綾部さんに連絡する前に現場を見ましたが、やはりここと同様、部屋の中央にパイプハンガーが置いてありました。詳しいことは、調査中の二木さんたちに訊かないといけませんが、真っ赤な布にばらばらにされて、顔が潰された遺体が置かれていたことは確認しています。第一発見者が下ろしたのでしょうね。私たちが到着した瞬間、彼は倒れてしまいましたので、病院に搬送されました。ショックが大きすぎたのでしょう」
ああ、とあいまいに返事をしながら、そうだろう、と内心で同情する。巡回開始地点に戻った警部補は、その足で部屋から出る。折宮も続いた。
「とりあえず、署に戻るのが先だな。あとは頼む」
年下の監察官を振り返る。了解っす。息を吐き出しながら、やや疲れぎみに返事をした。
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