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そっとマルに近づくと、朔太郎は正座をしてまっすぐに向き合った。
「騙すようなことをしてごめん。じいちゃんに代わって謝るよ」
マルは涙に濡れた目をまん丸にして朔太郎を見上げた。
「どうして謝るの? 悪いのはあいつなのに」
「本当はじいちゃんもマルに謝りたかったんじゃないかって思ったから」
「じいちゃん……、あいつが?」
「うん。……僕が思うに、じいちゃんは里の人からマルを駆除するよう頼まれていたんじゃないかな」
「クジョ?」
「命を奪うってこと」
その言葉を聞いた途端、マルの顔色がサッと青くなった。
「だけど、じいちゃんはマルを殺さずに、徳利の中に閉じ込めた。……いつかまた、きみが信頼できる誰かと一緒に過ごせる日が来るまでね」
驚いたように、マルは目をぱちぱちさせる。
「じゃあ、あいつが僕を騙したのは……命を助けるためだったってこと?」
「本人から聞いたわけじゃないし、これはあくまで推測だけど。……でもね。子供の頃、僕はじいちゃんにこの徳利を引き取って欲しいと頼まれたんだ。マルのことをどうでもいいって思っていたら、そんなことは頼まないと思わない?」
「……うん……」
「じいちゃんのことは、僕もあまり知らない。でも、きみのことはずっと気にかけていたんじゃないかな」
朔太郎はにこりと笑うと、マルの頭に手を伸ばす。
「だからって、閉じ込められたのは辛かったね。もっと早くに出してあげられたらよかった」
触ると怖がるかも、と思ったが。そっと頭を撫でてみると、マルは気持ちよさそうに目を閉じた。
「僕、外に出られる日をずっと待ってたよ」
くたりと体を横たえると、マルは朔太郎の膝に頭を載せた。細い背中をゆっくり撫でてやると、着物の下に隠れたしっぽがぱたぱたと揺れているのが分かる。
「人に化けられて言葉も喋れるなんて、マルはすごいね」
「えっ、そう?」
体をくるりと回転させると、マルは寝転がったまま朔太郎を見上げた。
「うん。……本当はこの社宅、ペット禁止なんだけど。マルとなら一緒に住めると思うな」
そう言った途端、それまでリラックスしていた茶色い耳がピンと立った。マルは目を輝かせて朔太郎の膝に両手をつくと、こちらに身を乗り出してくる。
「僕の新しいご主人になってくれるの?」
「ご主人かぁ。うーん……、僕の名前は朔太郎だから、サクって呼んで。今日からここで僕と一緒に暮らそうよ、マル」
「ほんとに? いいの?」
「うん。マルはじいちゃんから預かった大切な形見だから――」
全部言い終わらないうちにマルは朔太郎にがばりと抱きつくと、「僕、きっといい子にするから――」と涙ながらに訴えてくる。
「だからお願い。サクは絶対、僕を置いていなくなったりしないでね」
その言葉に、思わず胸がぎゅっと締め付けられる。
(人と関わって、何度もひどい目に遭っているはずなのに……)
それでもこれほど人懐っこいのは、最初の飼い主がよほど愛情深い人だったのだろう。
少しもらい泣きしそうになりながら、朔太郎はあの日、祖父に言われた言葉を思い出した。
――俺の勘では、おまえはきっと気に入るんじゃないかと思うぞ。
(……どうしよう。気に入るなんて言葉じゃ済まなくなりそうだよ、じいちゃん)
これは大変なものを引き受けてしまった。少し途方に暮れたよう気持ちで、朔太郎は泣きじゃくるマルの背中を優しく抱きしめた。
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