じいちゃんの形見分け

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(――そうだ。あのとき確かに『形見分け』の話をしたんだった)  思い出したはいいが、祖父の意図は不明なままだ。朔太郎はもう一度手にした手紙に目を落とすと、入り口に立って店内を覗き込んだ。 「すみませーん……」  恐る恐る声を掛けたものの、反応がない。どうしようか迷っていると、店の奥からぴしりと糊のきいたシャツを着た老紳士が現れた。 「おや、一見さんとは珍しい。何かお探しかい」 「あの……、実は、祖父の手紙にこの店を訪ねるようにと書かれていまして」  どう説明したらいいか分からず、握りしめていた祖父の手紙をそのまま差し出した。  その人は受け取った封筒を裏返して差出人を確認した途端、「ははぁ」と呟く。 「殺しても死ななそうだと思っていたのに。(ひさし)のやつ、死んじまったか」 「はい、去年の冬に」 「封筒、開けてもいいかい」 「どうぞ」  彼は封筒の中に入っていた名刺を手に取ると、裏返した。 (あの名刺の裏には鉛筆で「〇居」という謎ワードが書かれていたはずだけど――) 「うん、話は聞いてる。そこに座ってちょっと待ってな。すぐに持ってくるから」  小さなパイプ椅子を指してそう言い残すと、彼は奥の部屋へと消えていった。  手紙には「店の主人に名刺を渡すように」と書かれていたので、あの人がこの店の主なのだろう。朔太郎は言われるがままパイプ椅子に腰を掛けて、狭い店内をぐるりと見回した。壁際には小ぶりな家具類が無造作に積まれていて、陳列台や壁際の棚には、埃被った陶器やガラス製品、ブリキのおもちゃや色褪せた絵葉書などが所狭しと並べられている。本当に売り物なのかと首をひねっていると、奥の部屋から店主が戻ってきた。 「はい、これが預かっていたもの」  差し出されたのは、牛乳瓶ほどの大きさの白い徳利だった。陶器でできていて、持ち運びできるように飲み口には木の栓がしてあり、その上には黄ばんだお札のようなものがべったりと貼られている。 「これが、祖父の『形見分け』の品ですか」 「らしいなぁ」 「徳利そのものが? それとも中身でしょうか」 「さぁ。俺は預かっていただけだから」  一見すると特に骨董的価値もなさそうな量産型の徳利だ。持った感じは軽い。試しに軽く振ってみると、カランカランと何かが当たるような音がした。 (? ……なんだろう)  確かめたくて、今度はさかさまにして少し強めに振ってみると、「ギャン」と悲鳴のような声が聞こえて、思わず手を止めた。
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